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「予防医療の主役は人対人のローテク」“幸福”を設計する予防医療におけるAIと人の役割とは?【聖路加国際病院・岡田 定氏】|イベントレポート

2017.09.08 18:00

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原光樹(EDIT BY 長谷川リョー)

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MHA3 予防医療
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「『予防医療×テクノロジー』の“今”をつかみ“未来”をつくる」をテーマに2017年7月に行われた「MedPeer Healthtech Academy chapter3」(メドピア ヘルステックアカデミー)。本記事では、岡田 定氏(聖路加国際病院)による「予防医療の主役はローテク」と題された講演の内容を再構成してお届けします。

テクノロジーの進歩は、予防医療にも大きな変化をもたらしています。ビッグデータをもとにAIは病気の自動診断から予後予測、治療法のレコメンドまで担うようになっていこうとしています。しかし、岡田氏はいくらAI(人工知能)が進歩しても「あくまで予防医療の主役は、人対人のローテクである」と語ります。

「健やかな死を目指す」という予防医療は、従来の医療とはどう違うのか。そこで期待されるAIの役割と、いくらAIが発達しても残る”人対人のコミュニケーション”の重要性とは。現場で多くの患者と向き合ってきた岡田氏に話を伺いました。

聖路加国際病院・人間ドック科部長の岡田と申します。本日のテーマである「予防医療の主役はローテク」に入っていく前に、まずは予防医療の概念に触れた後、昨今話題となっているAI×予防医療の可能性についてお話しさせていただきます。

予防医療は「PPK(ピンピンコロリ)」と「健やかな死」を目指す

まずは、予防医療について事前におさらいしていきましょう。

「予防医療」とは、病気になる前から生活習慣を見直すことで、病気にならないことを目指す考え方です。従来の医療は既に病気を患っている患者さんを対象に治療を提供するため、“病歴”が重視されてきました。

一方、予防医療は症状が無い人が対象になるため、“生活歴”が重要になります。患者さんがどのような生活を送り、どのような職業で、どのようなストレスを持っているかを診断。従来の医療は個々の症状に向き合う“専門細分化”が特徴だったのに対し、予防医療は“生活を考えた総合的な学問”であると言えるでしょう。

また、従来の医療は医療者主導で「痛い」、「苦しい」と訴える受診者に対応してきました。しかし、予防医療においては受診者自身が主体的に日々の意識や生活習慣を変えていかなければ成り立ちません。受診者主導の“生き方支援”に重きが置かれるのです。

上記の図をご覧ください。私は、予防医療は「ピンピンコロリ」(以下、PPK)を目指すべきだと考えています。「ピンコロリ」は重度の生活習慣病を患う患者さんが、あるとき急性心筋梗塞等の急病で亡くなられてしまうパターンを指します。一方、「ダラダラダラリ」は心筋梗塞発症→治癒→脳梗塞発症→肺ガン発症…と様々な病気を繰り返して亡くなっていくパターンです。

予防医療は生活習慣に問題を見つけ、「ピンコロリ」と「ダラダラダラリ」タイプを防ぎながら、健康でいられる期間の長い「PPK」を目指します。そのために、生活習慣の根本を見直してもらうのです。

さらに私が強調したいのは、予防医療は“健やかな死を迎えるための医療”であるということです。超高齢社会は、より多くの人が亡くなっていく社会と言い換えることができます。

そのため、死を迎える場所と死に方を考える「QOD(Quality Of Death)」がますまず重要になってくるはずです。しかしこの観点が見逃され、無理な延命等によって、必ずしもご本人の納得しない最期を迎えられるケースも少なくありません。

QOD改善のためのポイントは3つあります。 1つは「PPKのための健やかな生活習慣」です。長生きした方ほど、PPKに近づくというデータがあります。長く健やかな生活習慣を送り、ある時コトッとお亡くなりになる。これなら、寝たきりになる時間も少ない人生を送ることができます。

2つ目が「メメント・モリ」(「死を忘れるな」という意味のラテン語)です。人は必ず死ぬため、死期が近づいたらどうするのかをあらかじめ考えておく必要があります。そのための対策が3つ目の「リビングウィル」です。生前の遺書や、ACP(事前ケア計画)によって、前もって最期についての計画を立てておきます。

聖路加国際病院では、患者のリビングウィルを確認するための小冊子『私のリビングウィル』を使いながら、あらかじめ患者さんの最期の治療方針について意思確認できる制度を実装しています。

「自動診断」、「予後予測」、「治療法の選択」AIに期待される3つの役割

ここから、予防医療においてAIに期待される3つの役割についてお話します。私はAI分野では素人なので、医療現場の視点からお話させてください。

まず1つ目は、AIを使った自動診断です。過去の臨床検査におけるデータや画像を大量にAIが読み込むことで、人間よりも効率的な診断ができるようになると考えています。たとえば、以下の2人の患者さんを診察するとします。

専門医が診断した場合、73歳男性は骨髄球と好塩基球が多いことから慢性骨髄性白血病であることが、57歳男性は喫煙による白血球の増加であることが分かります。しかし、このデータを見ただけで即座に病名を診断できる医師はそう多くありません。実際に、73歳のある男性の病気は数年間見逃されていました。

AIが進歩すれば、ある分野の専門医が不在でも過去の膨大な血算データに基づいた適切な診断がいつでもどこでも可能になるはずです。聖路加国際病院の予防医療センターだけでも年間4万人が受診しており、全国各地のデータをAIが学習できれば、10年以内にAIによる自動診断が実現すると考えられます。

2つ目は予後予測です。生活習慣病における、疾病発症率・健康寿命・生存期間といった予後予測の重要性を理解するために、以下の図をご覧ください。

健康な生活習慣を送っている方やまだ若い方は、この図における湖に住んでいると仮定します。でも、レベル1の不健康な生活習慣を続けていると、加齢とともに川を下り、レベル2の肥満症・糖尿病・高血圧症・高脂血症等の病気になっていく。この段階以前に健診して対処するのがベターです。

しかし放っておくと、レベル3の虚血性心疾患・脳卒中となり、終いにはレベル4の半身不随・寝たきり・認知症になってしまいます。この図を見せて「悪くなると滝に落ちてしまいますよ」と説明すると、危機感を持ってくださる患者さんも多くいます。

さて、AIで予後予測が可能になったらどうなるのか。仮に、喫煙・飲酒・肥満といった問題を抱えつつも、差し迫った症状はまだ出ていない40歳男性がいたとします。この状態では、まだ行動変容は起こりにくい。

しかし、AIに「○○の健康問題があります。今の生活を続ければ、10年以内に心筋梗塞が90%、脳梗塞は80%の確率で起こります。あなたの健康寿命は10年、生存期間はあと20年です」とハッキリ説明されれば「お酒を止めよう」となるかもしれません。

3つ目にAIに期待される「治療法の選択」について説明します。私がみていた患者さんに、65歳の女性がいます。8年前に真性赤血球増加症になり、ハイドロキシウレアと少量アスピリンという薬で治療しました。ところが急激に白血球と血小板が下がり、白血病になってしまいました。急性巨核芽球性白血病という特殊な白血病です。

このような特殊な疾患の方にどのような治療をするべきでしょうか。AIなら膨大な量の教師データや過去の論文をもとに、瞬時に適切な治療法を見つけてくれる可能性があります。昨年話題になった医療AIのワトソンは、あるタイプの急性白血病の治療法をわずか10分で導きました。人間の医者なら治療法を導くのに最低2週間はかかると考えられたのにも関わらずです。

AIは比例直線ではなく、指数関数的に進歩すると言われています。2045年頃にはシンギュリラリティ(人類の知性をAIが超える技術的特異点)が起こるとも予測されています。それだけAIの進歩は速く、人類がいままで経験したことないような社会変化が起こるだろうということは医療においても抑えておくべき点だと思います。

「AIにできないこととは?」4つのケースから考える、予防医療における人対人のコミュニケーションの重要性

ここまで、AIに期待される役割について話してきました。それでもなお、人に期待される役割は何なのでしょうか。私は「人対人のコミュニケーション」だと考えています。

知識・体験・価値観を持って前例の無いことに対して大局的な判断を下すことができるのは人だけであり、医療に対して責任を持つことができるのも人だけだからです。

このことを4つのケースを例にみてみましょう。ケース1で、ある糖尿病の82歳男性は、あるときから急に症状が悪化し始めました。ところが体重は順調に下がってます。一般的には、肥満が解消すると糖尿病は改善するのですがどんどん悪くなっていきました。この理由が分からなかったんですね。

きっと食事に何か問題があると思い、じっくり患者さんに問診すると「まごわやさしい」(豆、ゴマ、ワカメ、野菜、魚、シイタケ、いも)の食事療法を実践されていることが分かりました。健康的な食生活ではありますが、さらに聞くと、なんとジャガイモを2年前から5倍も摂るようになっていたんです。その結果、急激な高カロリー食になり、糖尿病が悪化したということが判明しました。こうしたことは、人対人の関係でじっくり聞かないと出てこない情報です。

ケース2は肥満症・高尿酸血症・境界型糖尿病…と10以上の病気を抱えていた会社役員の59歳男性です。ほとんどが、飲酒と肥満に起因するものです。お話を聞くと、営業の場での飲み会が多いということが分かりました。1週間に9回も会食があり、そこでたくさん飲み食いしてしまう。

もしAIが診断したら「カロリーを減らしなさい」「お酒をやめなさい」という一言でお終いだと思います。しかし、それでは病状は改善しません。なぜなら、会食はその人の仕事そのものであり、生き甲斐そのものだからです。一方でそれが健康を害してることも明白。その人の価値観と向き合い、じっくり一緒に考える時間を持つことが改善のポイントになります。

次のケース3は、初めての人間ドックで肥満症・脂肪肝・肝障害・白血球の増加・肺嚢胞といった診断を受け、いずれも喫煙に原因がみられた28歳男性です。ギョッとしたのはタバコを10年間毎日60本吸い続けていたことです。「喫煙が健康に悪い」ということはみんな知っていますが、どれだけ健康を害するかを正確に認識してる人は多くありません。

喫煙という習慣を変化させるのは簡単なことではないため、どのような生活指導をするかが問われてきます。この患者さんには、重喫煙が最大の健康問題であり、このまま喫煙を続ければ動脈硬化・ガン・肺疾患等の重大な病気になってしまうことと、最悪の場合10年以内に心筋梗塞で倒れてしまうということを説明しました。

この先どんなに良い人と結婚して、どんなに良い仕事しても、たかがタバコで人生が変わってしまうことを親身になってお伝えし、禁煙外来を勧めました。情熱を込めた親身な指導も、AIではなく人対人のコミュニケーションの上に成り立つものです。

最後に、先ほどもお話した急性白血病の65歳女性の方を例に考えます。ここでは、AIワトソンが活躍するようになり、AI療法によって完全寛解(治療の結果、がんの徴候が全て消失する状態)に達したと仮定してください。

彼女は一度病状が回復したものの病気が再発し、生命予後は1〜2週間という段階になってしまいました。 彼女は長女の結婚式を4ヶ月後に控えており、延命処置をするか延命を諦め安静な状態で最期を迎えるかが問われました。本人と家族は結婚式まで生きることを希望しましたが、医学的に4ヶ月後まで延命させることは不可能であり、AIワトソンも同様の判断をしました。

これは、AIワトソンを除けば実際のお話です。どうしたと思いますか? 医者たちは、ご本人とご家族の思いを叶えるべく病院のチャペルで模擬結婚式を行いました。ご本人の一番の望みは、娘さんの花嫁姿を見ることです。そのために、呼吸困難緩和のために胸水を除去したり、意識改善目的のために投与する薬を変えるなど、ベストな状態で結婚式を迎えられるよう尽力しました。

彼女は、ウェディングドレスに身を包んだ花嫁と対面することができ、笑顔で何度も何度も「ありがとう」「幸せです」「いい人生でした」とおっしゃった後に亡くなられました。本人や家族の価値観に寄り添い、大局的な判断をした結果だと思います。

「予防医療は人のライフスタイルに寄り添い「幸福」を設計する

前半で、AIの進歩が予防医療に①自動診断、②予後予測、③治療法の選択、といった恩恵をもたらすだろうとお話しました。しかし、ただAIに問題を指摘されただけでは人の行動はなかなか変わらないものです。人は誰でも独自の思い込みをもって、惰性(習慣)で生きています。

予防医療においては、本人の実生活を把握し、本質的な健康問題を突き止め、生活習慣の改善やライフスタイルの再考を促すことが必要です。そのためには、人間的なコミュニケーションと本人の価値観に寄り添った大局的な判断が欠かすことができません。それは、患者さん自身の「幸福」について考えることと同義だと思います。

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岡田 定Sadamu Okada

聖路加国際病院 人間ドック科部長

1981年大阪医科大学卒業後、聖路加国際病院内科レジデント、1984年から昭和大学藤が丘病院血液内科を経て1993年から聖路加国際病院血液内科勤務。2007年から血液内科部長、2011年~2013年内科統括部長、2016年7月から人間ドック科部長に就任。
一般血液内科の臨床だけでなくレジデント教育や終末期医療にも長年携わり、レジデント向けの本や血液診療の本※を約30冊上梓。昨年から診療の軸足を血液内科から新たに予防医療に置いている。

※「内科レジデントの鉄則 第1版、第2版」、「デキレジ step1 step2」、「誰も教えてくれなかった 血算の読み方・考え方」、「レジデントのための血液診療の鉄則」、「臨床検査技師のための 血算の診かた」など