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「医師を必要としない世界」へ、現役医師が挑む未来の医療【医療法人ナイズ・白岡亮平氏】|イベントレポート

2017.09.19 11:00

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オバラミツフミ(EDIT BY 長谷川リョー)

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MHA3 予防医療
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「『予防医療×テクノロジー』の“今”をつかみ“未来”をつくる」をテーマに2017年7月に行われた「MedPeer Healthtech Academy chapter3」(メドピア ヘルステックアカデミー)。本記事では、白岡亮平氏(キャップスクリニック総院長、メディカルフィットネスラボラトリー株式会社 代表取締役最高医療責任者)による「医療と他分野の融合〜ITでつなぎ実現する予防医療の未来〜」と題された講演の内容を再構成してお届けします。

超高齢社会にある日本は、医療費高騰などの背景から医師中心の医療から個人中心へと移行することが求められてます。現役医師でもある白岡氏は“医師を必要としない世界”を目指し、医療と他分野の連携を推進。セサミストリートとコラボした「セサミストリートイニシアチブ」やゲーミフィケーションを用いたフィットネスジム運営など、ユニークな取り組みについて伺いました。

現役医師が目指す、“医師を必要としない世界”

医療法人社団ナイズ、メディカルフィットネスラボラトリー株式会社の代表を務める白岡と申します。かつては初期臨床研修を経て小児科で勤務医をしておりましたが、日本が抱える医療費の問題や平均寿命や健康寿命の乖離を受け、“医師を必要としない世界”が必要なのではないかと考えて独立しました。現在は、自分自身の手で健康を作り出せる“セルフメディケーション社会”の実現に向け活動をしております。

本日は「医療と他分野の融合〜ITでつなぎ実現する予防医療の未来〜」というテーマのもと、私が考えている医療構想についてお話しさせてください。

日本人の健康を疾病構造の変化から振り返ると、今後の医療のあるべき姿が見えてきます。戦前は感染症、特に結核で命を落とす人が多かった時代。しかし戦後になり、高度経済成長の訪れとともに感染症は減少します。医療技術の高まりや国民皆保険制度によって私たちの健康は守られ、今では日本は世界有数の長寿国になりました。

現在問題視されているのは、生活習慣病による脳血管障害、心疾患、悪性新生物など。どれも、治療より「予防」することが大切な病気です。しかしながら、疾病構造が変化しているのに対して、「治療中心」の制度自体はあまり変わっていません。

これまでの医療制度は「長生きする」ことに重きを置いていましたが、今後は生活習慣病のような慢性疾患のリスクを鑑み、長く健康であることに注目して生きる時代へとシフトしなければなりません。高齢化の進行に伴い医療費も高騰し続けており、「いかに病気にならないか」を重要視する必要があります。

また、2007年に発表された『The New England Journal of Medicine』の論文では、医療・ヘルスケアは、人間の早死を防いでいる因子としてたったの10%しか寄与していないと発表されています。

データからも、治療や保険医療、薬剤中心の健康形成から自分自身で健康形成を行う重要性が見て取れるでしょう。世界的に医療健康におけるパラダイムシフトが求められ、医師に頼らない世界へと移行していく機運が高まっているのです。

こうした背景から、自分自身で健康を作る予防医療社会、そして、行動を変えることで健康になる「ビヘイビアヘルス」を推進しています。

予防医療の原点「ビヘイビアヘルス」とは

ビヘイビアヘルスとは、行動を健全にしていくことで健康を形成していく考え方です。病気になってから治療を施すのではなく、日常生活において健康を維持することで、病気そのものにならないことを目指しています。私はこのビヘイビアヘルスが予防医療の原点だと考えています。

ビヘイビアヘルスを主導するのは、総合性に長けたクリニック。専門性を有する大病院は重症化した患者の治療を優先し、医療ニーズの大部分(約90%)を担う一次医療が個人の健康をサポートすべきです。世界ではこうした医療の役割を明確化する考え方が主流になりつつあり、プライマリヘルスケアと呼ばれています。

プライマリヘルスケアは、すべての人にとって健康を基本的な人権として認め、問題を自らの力で総合的にかつ平等に解決する支援をする概念です。1978年にWHOが発表した『アルマ・アタ宣言』では、「患者の身近な地域で日常に欠かせない医療やサービスが比較的安価に提供され、プライマリヘルスケアを誰にでもアクセス可能なものする」といったことが掲げられています。

プライマリヘルスケアを実現し、ビヘイビアヘルスが浸透するためには、医療の現場とその周辺を取り巻く様々な分野と連携することが必要です。私は、その周辺領域の中で最も重要なのが医療以外の領域だと考えています。

ビヘイビアヘルスを当たり前にするには「行動変容を起こさせること」が必須です。予防医療の大切さを頭で理解してもらいヘルスリテラシーを向上するとともに、尚且つ心を動かすようなコンテンツが必要になります。ビヘイビアヘルスの対象者が自ら健康を意識するようなアプローチをしていかなければなりません。

人が行動変容を起こす要因は「外発的動機付け(=短期的な損得感情)」と「内発的動機付け(=長期的な損得感情」)の二つ。外発的動機付けは一時的な感情の変化に止まるパターンが多いですが、続けていくうちに内発的同期に変わっていく可能性があります。外発動機付けと内発的動機付けを組み合わせてサービス形成をすることで、今日本に求められている「健康に長生きする」ための医療が実現するのです。

ビヘイビアヘルスのターゲットを考えるにあたり、一度、人のライフスタイルを乳幼児期、学童・思春期、青年期、壮年期、高齢期と分けて考える必要があります。従来の医療は高齢期、つまり、すでに治療を必要としている年代層に向けて対策が練られてきました。しかし私たちは、その前の段階である壮年期以前に対して元を断つようなアプローチしなければならないと思っています。

クリニックを“嫌いな場所”から“楽しい場所”へ変える「エンタメディカル」

プライマリヘルスへ移行しつつある医療のなかで、私たちがビヘイビアヘルスを実現するために行っている取り組みを紹介します。まずは、医療と教育、エンターテイメントを融合させた「エンタメディカル」という考え方です。

人の習慣は、多くの場合は子供の頃に親から教えられたことや学校から教わったことを中心に形成されます。つまり、乳幼児期もしくは学童・思春期に健康に対する知見を養ってもらうことで、その子たちが大人になるときに正しい健康意識を持てるようになるのです。

幼少期から健康教育、行動変容へアプローチする方法として、私たち医療法人社団ナイズでは「セサミストリートイニシアチブ」という活動を行っています。

セサミストリートがニューヨーク放送を開始したおよそ50年前、当時のアメリカは黒人や移民たちが非常に貧しい生活をしていました。収入の少なさによる教育格差が深刻化していたのです。テレビを通じて誰もが学べる機会を作ろうと声をあげたのがニューヨークのセサミワークショップであり、そうした想いから『セサミストリート』が製作されました。

医療法人社団ナイズも同じ想いを持っています。すなわち、健康知識の格差による将来の健康形成の影響をできるだけ少なくしていきたいというものです。具体的な取り組みとして、健康教育を行うアナログとデジタルを組み合わせたコンテンツを配信しています。

子どもたちにとって、今までのクリニックのイメージは「嫌いな場所」でした。治療を受ける場所だと認識しているため、訪れること自体が怖いのです。そうしたイメージを払拭すべく、セサミストリートのキャラクターの力を借り、クリニックを健康に関する知識を学習する「楽しい場所」へと変える試みを行っています。

幼少期にアプローチする理由はもう一つあります。「人に教える」ことが、最も教育効果として高いからです。子どもたちは「セサミストリートイニシアチブ」で学習したことを親に教え、学びを深めていきます。また、親は子どもたちに教えられたことを意識し、今度はその知識を誰かに伝える際に、初めて自分の健康問題を意識するのです。子どもたちにアプローチすることは、同時に青年期、壮年期へ健康意識の改善を促すことでもあるのです。

運動を習慣化させるための「ゲーミフィケーション」と「ソーシャルアクション」

続いて医療と運動、エンターテイメントを活用した取り組みを紹介します。まず、運動不足が死亡率に与える影響をまとめた論文をご覧ください。

世界平均が9.4%であるのに対し、日本は16.1%であると証明されています。日本は、アメリカよりも運動不足によって死亡する確率が高いのです。

そうした背景から、運動から予防医療にアプローチする取り組みとして、医療と運動、エンターテイメントをもとにプログラムを作成したフィットネスジム「DATA fitness」を設立しました。こちらはメディカルフィットネスラボラトリー株式会社として運営を行っています。

プログラムには、人の行動変容を喚起し、運動を持続させる施策を盛り込んでいます。一つはゲーミフィケーションです。運動にゲームコンテンツを連動させることで、健康のために運動をするのではなく、運動すること自体が楽しいと認識させようとしています。ソーシャルゲームにはユーザーが離脱しない工夫が施されており、そのノウハウを継続して運動する仕組み応用したのです。

もう一つが、ソーシャルアクション。ジムで提供しているアプリを利用して、ソーシャル上でユーザー同士がつながれます。ウェアラブルデバイスによって運動量が記録されていくため、誰がどれくらい運動しているのかが一目で分かる仕組みです。すると、「最近歩いている?」とメッセージ交換をするなど、ユーザー同士がお互いの行動を喚起しあうような関係が生まれます。

ユーザーが継続して運動を行うために、外的動機付けの観点からもインセンティブ設計をしています。イベントを作成してユーザーを巻き込み、運動量を競い合うようなアプローチを行い、優勝者には商品を提供することが物質的インセンティブの一例です。

また、運動を継続することはゲームをコンプリートしていく感覚に似ています。継続させることで満足度が上がるため、精神的なインセンティブにつながります。

また、あまり知られていませんが、医師は薬剤の処方箋以外に運動処方箋を出すことが認められています。運動処方箋により医療費控除が受けられるため、ユーザーは積極的にジムを利用することができるのです。こうした金銭的な控除も継続的な運動をさせるインセンティブ設計には欠かせません。

PHRで健康を見える化。医師が必要ない“予防医療社会”のために

最後に、企業と連携した取り組みをご紹介します。医療法人ナイズとメディカルフィットネスラボラトリーは、働き方改革を推進しているヤフー株式会社と提携してWork&Wellness株式会社を設立しました。

Work&Wellnessでは、健康と経営を組み合わせて予防医療社会を実現しようとしています。なぜ経営なのかというと、企業は投資的な概念を持っているからです。予防医療は健康保険が適用されている分野が極端に少なく、つまり個人が健康にお金を自らかけなければいけないという投資の領域。しかしながら、そもそも健康への投資の概念が一般の方にはまだあまりありません。

企業は生産人口が減少しているなかで人を雇わなければいけないので、労働環境を整備することは人材確保のアプローチとして非常に有効です。そこに予防医療を取り入れ、経営者の意識改革を行い、トップダウンで全社的に予防医療を意識させようとしています。

このように医療と他分野が連携することで、健康情報が統合することが可能になっていきます。診察やジムを介して日常行動のデータを取得し、企業にアプローチすることで産業衛生のデータを得る。こうして一つずつ情報をつなげていくことで、時間的、そして空間的に連続性のある真のPHR(個人が生涯にわたり自分自身に関する医療・健康情報を収集・保存し活用できる仕組み)が作成されます。

PHRは自分自身の健康の見える化を可能にするため、個人の健康状態に最適化したソリューションを提供できるのです。まずは企業を巻き込んで全体最適を行い、結果的に個別化された医療を提供することが私たちのゴールです。

目指す「個人が健康状態を自分で把握して、自ら健康に対して行動する世界」は、医療をパーソナライズ化できて初めて実現します。私自身医師の立場にありますが、医師が必要ない“セルフメディケーション社会”を実現することが日本の医療に求められるのではないかと思っています。

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白岡 亮平Ryohei Shiraoka

医療法人社団ナイズ理事長 兼 キャップスクリニック総院長
メディカルフィットネスラボラトリー株式会社 代表取締役最高医療責任者

日本小児科学会認定小児科専門医、日本体育協会認定スポーツドクター、日本医師会認定スポーツ医、産業医、NASM-PES(米国スポーツトレーナー)

1979年新潟県生まれ。2004年慶應義塾大学医学部卒業。
医学部卒業後、さいたま市立病院で初期臨床研修を行う。その後、さいたま市立病院、慶應義塾大学病院などの勤務医を経て、2012年医療法人社団ナイズを設立。
都内に小児科、内科を中心に、365日年中無休のプライマリケアクリニックを多拠点開設。現在都内に5か所。独自の電子カルテ、問診システム、院内マネジメントシステムを開発。2014年「セルフメディケーションプロバイダー」をビジョンとするメディカルフィットネスラボラトリー株式会社を設立し、企業、個人、医療機関向けにITを使った予防医療、セルフメディケーションを実現するための各種ヘルスケアサービスを開始。企業の健診データを集約管理、産業衛生業務をITで効率化するITツール「ヘルストレージ」、「MFLトレスチェックシステム」、遠隔健康相談サービス「ask365」、医療機関連携型フィットネスジム「DATAFITNESS」を展開。
2016年ヤフー株式会社産業医に就任。2017年、教育番組「セサミストリート」を制作する米国NPOセサミワークショップと連携し、医療とエンターテインメントと教育を融合した医療機関向け患者教育プログラム「セサミストリート・クリニック」を開始。医療と他分野を融合した各種事業を通じて、医療のオープンイノベーションに取り組む。