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日本の「遠隔医療×精神科」のポテンシャルと未来【慶應義塾大学・岸本泰士郎氏】|イベントレポート

2018.03.13

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原光樹
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「「遠隔医療」の“今”をつかみ“未来”をつくる <第2弾>」と題されて2017年9月に行われた「MedPeer Healthtech Academy chapter4」(メドピア ヘルステックアカデミー)。

本記事では、岸本泰士郎氏(慶應義塾大学)による「本邦における精神科遠隔医療の展望:エビデンス構築やガイドライン策定作業を通じて」と題された講演の内容を再構成してお届けします。精神科は、世界的にみても遠隔医療が最も用いられ生かされている分野の一つです。今後のポテンシャルは大きい一方、日本での普及にはまだ多くの課題が残っています。

精神科領域における遠隔医療導入のメリットや、諸外国と比べたときの日本の課題は何なのか。海外で精神科遠隔医療を学び、「J-INTEREST」など日本における遠隔医療の推進にも尽力している岸本氏に、現状と展望を伺いました。

歪んだ評価が巻き起す“新薬クライシス”とは?

慶應義塾大学 精神・神経科学教室の岸本泰士郎です。日本遠隔医療学会では理事も務めさせていただいております。大学に籍を置いているので、研究という側面から遠隔医療のエビデンスの構築やガイドラインの策定作業に携わってきました。

WHOの調査によると、精神科は遠隔医療が最も用いられている領域の一つですが、日本は遠隔医療の導入がとても遅れています。本日は精神科における遠隔医療のエビデンス構築の話を中心に、日本における精神科遠隔医療の展望をお話しさせていただきます。

YLD

人類における「疾病負荷」の一つの重要な指標であるYLD(Years Lived with Disability)において、精神疾患は他の医学領域をぬいて第一位です。我が国においても精神疾患を患う方は非常に多く、うつ病や統合失調症、不安症の患者を中心に約320万人、認知症の方は約462万人。社会費用は年間でうつ病2.7兆円、認知症14.5兆円と試算されています。克服が求められている最も重要な医学領域の一つといっていいでしょう。

ところが、精神科領域において大変不安な状況が生じています。一部の大手製薬企業が精神科医療領域からの撤退を相次いで表明したのです。先ほどお話したように、製薬企業にとっても精神疾患の克服は重要なミッションですし、成功すれば当該企業にとっても非常に大きなインパクトが得られます。ところが、新薬の効果を証明するための治験が相次いで失敗してしまっており、企業にとっては非常にリスクの高い領域になっているのです。

一つの原因として、患者さんの症状の客観的な評価が非常に難しいという点があげられます。治験で患者さんの重症度評価を行う評価者は、一人でも多くの患者さんの組み入れをしなければならない、というプレッシャーなどから、知らず知らずの間に患者さんの状態をより悪く評価してしまうことが知られています。結果として、新薬の効果の評価が正しく行われないということがしばしば起こっています。

“遠隔医療後進国”に海外の先進事例を応用、日本医療はどう変わるか?

そうした背景を受け、現在欧米諸国で導入されている新たな取り組みが「TELEPSYCHIATRY」です。「離れた」を意味するTELEと、「精神科」を意味するPSYCHIATRYを組み合わせた造語であり、遠隔で行う精神科医療を指します。

TELEPSYCHIATRYについて語る岸本氏

評価が歪んでしまう原因の一つは、評価者がプレッシャーのもと患者さんの重症度を評価するからと先ほど話しました。しかし、遠方にいる担当者がプレッシャーのない状況下で評価を行えば、正しい研究結果が得られると考えたのです。

このTELEPSYCHIATRYは、こういった治験における評価に有用なだけでなく、一般臨床においても、対面診療と同じクオリティで診察が行えるというエビデンスもあります。日本においても、こうした海外の遠隔診療の事例をいかにスムーズに導入できるかが重要です。僻地医療、復興支援、在宅医療、引きこもり、医師の偏在…といった日本独自の医療問題に応用できるからです。

日本におけるtelepsychiatry活用の可能性

地理関係を問わず医療を提供できる遠隔医療は、いずれのケースでも患者さんの選択肢を増やし、恩恵をもたらすでしょう。現在、私は、遠隔医療の推進のためのいくつかのプロジェクトに携わっています。

まず、こういったTelepsychiatryの日本へのスムーズな導入に向けて、平成27年に日本遠隔医療学会に精神科分科会を組織しました。志を同じくする医師たちが、足並み揃えて遠隔医療を推進していくことが目的です。短中期的には、臨床現場や産業保健分野への遠隔医療の普及と、診療報酬の獲得を目指しており、最終的な目標として「遠隔医療の普及を通じた日本の精神科医療の均てん化や質の向上」を掲げています。

私が所属する慶應義塾大学精神科でも、様々な臨床研究を行っています。1つが、強迫性障害の遠隔治療です。強迫性障害とは、不合理な行為や思考を自分の意に反して反復してしまう精神疾患の一種。強迫性障害の治療として曝露反応妨害法という行動療法が有効であることが知られています。この曝露反応妨害法をより効果的にするために、生活環境である患者さんの自宅で直接治療をするという試みです。結果、複数の患者さんで、大きな治療効果をあげることができました。

その他には、高齢者の方を対象にした遠隔での認知機能検査を行いました。認知機能検査は、認知症の診断等に用いられる、脳の様々な機能を評価する検査です。対面診療と遠隔診療での結果を比較したところ、その結果に大きな差異はありませんでした。認知機能検査は様々な種類のものがあり、中には非常に複雑なものもあります。実は、十分なトレーニングを積んだ検査者は全国にも限られた数しかいません。今後、確実に需要が増えていくであろう認知機能検査を、ビデオ通話などの遠隔技術を利用することで、人手不足への対応ができるかもしれません。

日本の精神科に遠隔医療が根付く試金石 「J-INTEREST」

さらに現在力を入れて行っているのが、遠隔精神科医療の臨床研究エビデンスの蓄積を通じて、データ利活用に向けたデータベース構築とガイドライン策定を目指す「J-INTEREST」です。国の援助を受け、6つほどの大学や医療機関で協力して進めています。

①4つの臨床研究を通じた遠隔精神科診療の診断、信頼性、有効性、安全性、利用者満足度の検証
②遠隔医療の臨床研究のデータベースの在り方の検討とその基盤となるモデルの構築・運用
③日本の精神科医療全体で遠隔医療技術を適切に運用するための手引書の策定

この3つを目標としています。

j-interestについて

①の臨床研究は、A「高齢者に対する遠隔認知機能検査の信頼性試験」、B「2つの医療施設間で行ううつ病に対する遠隔認知行動療法」、C「強迫・社交不安・パニックに対する在宅患者への遠隔の認知行動療法のパイロット・シングルアーム試験」、D「海外在留邦人に対するコホート調査」に分かれています。いずれも、遠隔医療のポテンシャルを生かせるものです。

②は、精神科遠隔医療に関する診断データを蓄積し、運用に生かしていくためのデータベース構築。そして③は、American Telemedicine Association(米国遠隔医療協会)が作成したガイドラインを元に、我が国独自の知見を反映したものを作成しています。医師を中心とした臨床部門、システムを作る技術部門、法と運用を考える法律運用部門で役割分担しながら進めており、以下の項目が手引書に盛り込む一部の項目です。

telepsychiatryの課題まとめ

「患者さんが医療者の顔が見えるように明るい場所で行いましょう」「通信環境も良い環境でやりましょう」などの基本的な診療手順。他には、モニター越しのお互いの状況をきちんと確認してから開始しましょうといったプライバシー、病状が不安定な患者さんのためのリスク管理などです。今後、遠隔医療が広がっていく中、こうした手引書は医療の質の担保するために非常に重要なものになるだろうと考えています。

政府はいま、医療分野におけるAI推進に積極的です。J-INTERESTも政府の「医療のデジタル革命実現プロジェクト」(AMED)の一環としてスタートしています。このプロジェクトは、医療ビックデータの創出と共有と人工知能への応用を掲げており、遠隔医療はそういった動きにも対応していきやすい診療形態だと思います。

J-INTERESTは、日本における精神科遠隔医療のスタートを切る重要な試金石です。日本の医療の質の向上に貢献するプロジェクトにしていきたいと考えています。

岸本 泰士郎Taishiro Kishimoto

慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室 専任講師
Hofstra Northwell School of Medicine, Assistant Professor of Psychiatry
日本遠隔医療学会理事 精神科遠隔医療分科会長

2000年慶應義塾大学医学部卒業、国家公務員共済組合連合会立川病院神経科、医療法人財団厚生協会大泉病院を経て、2009年よりThe Zucker Hillside Hospital(New York, USA)にPost Doctoral Research Fellowとして入職、2012年Hofstra North Shore-LIJ School of Medicine, Assistant Professor of Psychiatryに就任、2013年04月より現職。

受賞歴に、NCDEU 2011 meeting; New Investigator Award、Best Poster Award、日本臨床精神神経薬理学会 学会賞ポールヤンセン賞(2013年)、第110回日本精神神経科学会学術総会 国際学会発表賞(2014年)など10本以上。
主な研究プロジェクトは臨床精神薬理、遠隔医療、機械学習の精神科領域への応用など。2015年より「表情・音声・日常生活活動の定量化から精神症状の客観的評価をリアルタイムで届けるデバイスの開発」(日本医療研究開発機構AMED)研究代表者、2016年より「自然言語処理による心の病の理解:未病で精神疾患を防ぐ」(JST-CREST)研究代表者、2017年より「遠隔精神科医療の臨床研究エビデンスの蓄積を通じたガイドライン策定とデータ利活用に向けたデータベース構築」研究代表者などを務める。
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