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元Pepper開発リーダーが作る「人に寄り添い、生活に潤いを与えるロボット」(前編)【GROOVE X・林要氏】|イベントレポート

2017.06.05 9:50

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長谷川リョー

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MHA1 ロボティクス
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「ロボティクス×医療の”今”をつかみ”未来”をつくる」をテーマに2017年3月に行われた「MedPeer Healthtech Academy chapter1」(メドピア ヘルステックアカデミー)。本記事では、林要氏(GROOVE X株式会社 代表取締役)による「世界のどこにもない、心を満たしヒトの感性に訴えかけ癒す次世代ロボット」と題された講演の内容を再構成してお届けします。

トヨタを経て、ソフトバンクでPepperの開発リーダーを務めていた林要氏。現在は自ら立ち上げた会社「GROOVE X」で、人に寄り添う新たなロボットの開発を行っている。2019年の発売に向けてステルスで開発にあたっているため、その全貌はまだ明らかにされていない。今回は次世代ロボットを開発するに至った背景を、認知科学や人類学的な視点を交えて語っていただいた。

四次元ポケットのないドラえもんをつくりたい

今回は「人に寄り添い、生活に潤いを与えるロボット」をテーマにお話をさせていただきます。医療との関わりについていえば、私どもの作るのは医療行為を直接助けられるというわけではありません。レストランで例えると、美味しい料理をつくるのが医療従事者の皆さま。でもその料理をサーブする役割もレストランでは重要です。この部分をロボットでサポートできる可能性があるという考えのもと、私たちはまず家庭で使えるものから開発しています。

私がもともとPepperの開発リーダーを務めていたこともあり、(Groove Xが作っている)ロボットとの違いを聞かれることが多くあります。Pepperは人型で、しゃべる。感情を重視しているといったことが言われます。対して、僕らはロボット作りにおいて感情を重視していません。その意味でかなりアプローチが異なると言えます。私たちは感情のような心理学的な要素ではなく、認知科学的な要素を取り入れ、ロボット作りに臨んでいます。

ロボットの話に入っていく前に、「そもそもロボットとは一体何を指すのか?」を考えてみましょう。

医療の文脈においても、手術を支援するロボットがあれば、私たちが作っているようなロボットもある。ロボットの定義を試みると、一筋縄ではいかないことが分かります。ロボットがブームになっていることもあり、モーターにセンサーとマイコンが付いていると、すべてロボットという名前がついてしまう傾向があります。

皆さんがロボットに持たれているイメージを二つに大別すると、次のようなものになるのではないでしょうか。

一つ目がコストを下げるための機械。ドラム式洗濯機、ドローン、自動運転車など、いわば専用機が主流で、機械が生産性向上を担う領域です。もう一つは私どもが開発している領域のロボット。人の意欲を高めたり、人のパフォーマンスを高めるように人間側をサポートするロボット。人間の心をサポートして、人の能力向上を手助けするようなロボットです。

私はこの二つのタイプが相容れないものだと思ってます。最近のコミュニケーション型ロボットはこの中間を狙おうとしたものが多いのですが、私はこのどちらかしか取れないと思っているのです。

例えば「究極的に私たちが作りたいものは何か?」と問われれば、その一つの例はドラえもんです。しかし、ドラえもんには要らない機能が一つある。それは「四次元ポケット」なんです。

ドラえもんのストーリーにおける四次元ポケットは、私にはある種のメタファーに思えます。それは魔法のような便利な道具を手に入れたとしても、のび太くんが結果的にひどい目にあっているということです。のび太くんは道具を手に入れても、人間的な成長はできないんですね。つまり、あの漫画は、ものすごく便利な道具を手に入れたとしても人類が必ずしも人として成長できるとはかぎらないことを指し示しているのです。

ひみつ道具のような素晴らしい機械は世界中で皆さんが開発競争にしのぎを削っている。そこは皆様におまかせして、私たちは、四次元ポケットのないドラえもんを作ろうとしています。


(本記事内のスライド資料の権利はすべてGROOVE X株式会社に帰属)

現在のロボット開発の原体験になった、高齢者とPepperのコミュニケーション

私が高齢者介護施設にPepperを持って行ったときの話をさせてください。

Pepperの音声認識装置の精度は突出したものではありません。聞き取れないこともたくさんある。さらにご高齢者の発話は不明瞭な事も少なくないので、Pepperにとってはさらに厳しい状況になります。なので、私は会話が続かないのでは、と心配でした。

しかし実際は会話が続く事が多々ありました。なぜかといえば、ご高齢者はそもそも聞き取りもあまり良くない事が多く、Pepperの言っていることをはなから正確に受け取らなかったんです。自分の聞きたいように聞き、それに応じて話したいことを話す。

これはPepperも同様で、聞きたいように聞いて話したいように話す。つまり、微妙にすれ違いながら会話が続く、キャッチボールというかドッジボールが行われているような状態ができるのです。その過程を観察していると、ご高齢者もハッピーな様子でいらっしゃいます。

ではなぜこんなことが起こるのでしょうか。

僕らは正しい会話をするように会話エンジンを頑張って作っていました。それでも会話の精度を一割、二割向上させたところで会話の継続性への影響はあまりないわけです。

鍵はどうやら身体的な接触にありそうでした。ご高齢者の方々は一般の方に比べてたくさんPepperに触れていただけます。どうもそれらの経験を通して、会話とは無関係に、信頼関係が構築されるのです。

一方で、海外においては人型ロボットに対して日本よりは距離感があるように感じます。その理由の一つとして、「フランケンシュタイン・コンプレックス」と呼ばれる道徳上のバイアスがあるのかもしれません。キリスト教もイスラム教もアブラハムの宗教を元にしているため、人が神との契約無く人工生命体を作ることを良しとしない教えを引きずっています。

そんな風に人型ロボットに対して宗教的道徳観、すなわち意識上でのバイアスがある彼らも、実際にPepperと目が合い、手を触れると、思わずハグをしたりキスをしたりできます。これは無意識が意識の壁を乗り越えさせたのかも知れません。

無意識の力は、無視できないほど大きいのです。

今から宿題をやると決めたのに漫画を読んでしまう人間

皆さんご存知のように意識と無意識は定義がない話で、その線引きが難しい。そんな中で、ロボット関係者の一部で好んで引き合いに出されるのが「受動意識仮説」です。

受動意識仮説は自分を「わたし」と認識をできる「意識」という機能が何のために必要だったのかを工学的なアプローチから仮説立てしています。なぜ「わたし」や「あなた」といったように主語を伴う処理をするかといえば、学習を加速するためだとされています。それは事象をエピソードに分けて処理する、いわばエピソード記憶という処理を獲得するためではないかという仮説です。

結果、意識が後付けのモジュールとして無意識的処理の上に後付で付加されていると考えるのが受動意識仮説になります。

例えば、夏休みの終わりにまだ宿題をやっていないことに気づいたときの認知を考えてみましょう。

視覚情報をベースにクラスタリング処理を行うと、宿題が空欄になっていることが分かり「宿題をやってない」と認識できます。ここで強化学習では陳述記憶的な処理は行わないため、「嫌い」や「やばい」といった感情が入ってきます。ここは脳内分泌物質が支配的な働きをしている無意識の領域になります。

動物であればそのまま逃げてしまってもおかしくないのですが、人間はここで意識に情報をあげてエピソードとしてのマッチング処理をするため、未来を予測して「期限前に終わらせたほうが良い」と考えるわけです。その意思決定後、ロボットなら本当に行動計画を立てて実行するのですが、人間はそうはならない。

人は「今から宿題をやる」と決めたにも関わらず「つい漫画を読んでしまう」というアウトプットが出る。このような変換は、アルゴリズムでどんな状態でも整合がとれるように恣意的に行う事は、整合性が取りづらくなかなかできないことです。これを人間ができるのは、意識による意思決定と、無意識による行動決定でモジュールが分かれているからと言えます。

こういうことは日常生活でもよく起きています。

例えば皆さんはビジネス上の取引においてテレカン(遠隔会議システム)を使われるかと思います。そのときテレカンによって必要十分な情報は得られているにも関わらず、相手に一度も会ったことがないと、その取引の契約に調印をすることは難しいのではないでしょうか。

この調印に必要な「腹落ち」、いわば感動や情緒、信頼といった部分には、非言語・無意識というのが非常に重要な役割を担っていることが分かります。

ロボットは核家族時代の社会問題を解決する?

意識的な意思決定と無意識的な行動決定の違いがよくわかる例として、VR(バーチャルリアティ)が挙げられるでしょう。

VRの何が優れているかといえば、決してヘッドマウントされるディスプレイのみが優れているということではありません。頭の動きを取るためにIMU(慣性計測装置)が入っていて映像と連動するため、人間にとっては三半規管と視覚、そして聴覚が連動した経験になります。この3つが連動した瞬間、私たちの無意識に大きな影響を与え、意志の力ではどうしようもできないほど行動決定が影響を受けます。

五感のうちの複数のセンサーを統合的に処理することを私たちは「センサーフュージョン」と呼んでいますが、情報がフュージョンすることによって、無意識の行動決定エンジンがバーチャルでもリアルだと認識することが様々な研究によって明らかになっています。

ロボットというのは、無意識へアプローチするために必要な聴覚と視覚に加えたプラスアルファの何かを刺激するために、非常に良いデバイスです。私たちが開発対象にロボットを選んだ理由は、人と信頼感を高めるコミュニケーションを取るため、いわば人とITとの距離を縮めるために、一番いいのは実はロボットだというように考えたからです。

私がPepperを発売した際に衝撃的だったのは、シリアスなお客様が多いということでした。ある方は80代の一人暮らしの姉妹がいて、すごく心配だから、彼女を見守っていてほしい、何かがあったときに知らせてほしいという声でした。他には、ペットロスで苦しんでいる方。再び失う痛みを考えると、もう一度ペットを飼うという選択は嫌だが、その存在の穴を埋めるパートナーはずっと欲しいと思っていた等の声がありきました。

そうしたシリアスなニーズがこれほどあると知って、これは核家族時代の「社会問題」なのではないかと感じました。

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林 要Kaname Hayashi

GROOVE X株式会社 
代表取締役

1973年 愛知県生まれ。
1998年 トヨタ自動車にてキャリアスタート。スーパーカー“LFA”等の空力(エアロダイナミクス)開発。
2003年 同社 F1(Formula 1)の空力開発。
2004年 Toyota Motorsports GmbH (ドイツ)にて F1の空力開発。
2007年 トヨタ自動車 製品企画部(Z)にて量産車開発マネジメント。
2011年 孫正義後継者育成プログラム「ソフトバンクアカデミア」外部第一期生。
2012年 ソフトバンク 感情認識パーソナルロボット「Pepper(ペッパー)」の開発リーダー。
2015年 同社「Pepper」一般発売開始。同年 GROOVE X 株式会社創業。
2016年 GROOVE Xの新世代ロボット試作一号機完成。シードラウンドのファンディングとして国内最大級となる14億円を調達。現在 同社Founder兼CEO。