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「AIがおせっかいを焼くようになる」ー産業医・大室正志氏が語る“予防医療の民主化”

2017.07.10 9:15

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長谷川リョー

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予防
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テレビからWebメディアまで、知性と教養に裏打ちされた軽妙な語り口で注目を浴びる産業医・大室正志氏。現在、約30社の産業医業務に従事している。人の行動や意識の裏にあるインサイトを的確に読み解くことに定評のある大室氏に、「若い人や健康な人がヘルスケアにどうしたら意識を持つようになり、お金を払うようになるのか」という本質的な問いを投げかけた。この質問を皮切りに、日本人に特有の健康観からヘルステックの展望まで話を伺っていく。

※大室先生は2017年7月15日(土)にメドピアが開催するイベント「予防医療×テクノロジーの”今”をつかみ”未来”をつくる(MedPeer Healthtech Academy chapter3 )」にトークセッションで登壇する。

どうすれば人は健康にお金を払うか?予防医療の民主化への道のり

ーー健康経営に取り組む企業が増えたり、予防医療を意識した動きは強まっている気がしますが、産業医である大室先生はどう見ていますか?

大室 「予防医療はノー残業デーに似ている」と私はよく言います。ノー残業デーも予防医療も基本的には良い取り組みなので、誰も反対しません。ですので制度設計をするのは“気持ちが良い”。良いことをしてますから。

しかし大事なのは「いかに継続させるか」という運用の部分です。「特定保健指導」といった制度を作ったとしても、「それを長く地味に運用した人が偉いんだ」といったインセンティブを与えない限りは十全に制度が機能しないでしょう。

ーーそもそも歳を取るにつれて健康への意識が高まるもので、若い人や健康な人ほどヘルスケアの意識が低いですよね。どうすれば人は予防医療にお金を払うようになるのでしょうか?

大室 現状は、健康オタクもしくはダイエットをしなければいけない人たちが、真っ先に予防医療にお金を払う層でしょう。あとはおっしゃる通り、ある程度の年齢になられて生活習慣病予備軍になった人たち。とはいえ、本来であれば社会全体の健康意識やヘルスリテラシーを向上させていくべきです。

ーーただ、そこのマネタイズが難しいんですよね。

大室 マネタイズとしては2種類あって、一つはライザップのように労働集約的に展開する値段が「高く狭い」モデル。もう一つは、テクノロジーを活用して「安く広く」提供するモデルがあります。ただ現状ではまだテクノロジーが一歩遅れているため、ライザップモデルの方が分かりやすいものとなっています。

たとえば、太ったハリウッドセレブがパパラッチされることがありますよね。それでも、3ヶ月後にメディアの前に出るときにはすっかり痩せていたりします。

では、彼らが強靭な意志を持っているのかといえば、決してそういうことでもないと思います。つまりあの方たちは、莫大な額の仕事の契約を取っているので、つきっきりのパーソナルトレーナーをつけて痩せるんです。24時間隣にトレーナーがいれば誰でも同じように痩せられるでしょう。

ーーただ、誰もがその高額なトレーナー料金を払えないですよね。

大室 ハリウッドのパーソナルトレーナーよりも少し安いのがライザップですが、それでもまだまだ一般人には高い。今後はAIやネットワークを活用することで、誰でも隣にプロフェッショナルを付けられるような方向になるのではないでしょうか。

昔は貴族だけが家庭教師をつけていましたが、そのうち学校教育ができ、最終的には「受験サプリ」のようなものまで登場しています。教育がたどったプロセスと同じように、予防医療も民主化されていくべきだと思います。

AI型ロボットが世話を焼くヘルステック時代が訪れる

ーーそこで「ヘルステック」に期待が寄せられているのが現状ですね。

大室 まさに今は過渡期。今まで労働集約かつアナログでやってきた分野なので、いきなり「ヘルステック」といっても最初は無理がある。気象衛星・ひまわりを思い浮かべてほしいのですが、今から数十年前のひまわり第1号はまったく当てにならないものでした。それから月日が流れ、現在の8号機の精度は80%まで向上しています。

この例えを今のヘルステックに当てはめると、まだ今は1号の時代なんです。遺伝子検査にしてもAIを活用したダイエットアプリにしても、まだまだ8号機には程遠い。とはいえ、ひまわりも1号機がなければ現在の8号機もなかったわけです。なので今のヘルステックもアナログから、ハイブリッドへ、そしてテクノロジーベースへと発展を遂げていくと思います。

ーー先ほどのハリウッドセレブのダイエット方法ですが、やはり「人」に見られているから頑張れる側面があると思うんです。そこが「AI」に置き換わると、同じモチベーションを維持するのが難しくなる気もするのですが。

大室 おそらくAIがドラえもんのような“共感”を感じさせるようなロボットになれば、その心配も無用になるのではないでしょうか。今後のエビデンス次第にはなりますが、Pepperくんがもう少し喋れるようになれば、「あなた食べ過ぎ」と言われた際にも耳を傾けるようになるはずです。

ーー無視しても構わない存在ではなくなると。

大室 今後ヘルステックという分野においては、AI型のロボットが世話を焼いてくれる時代になるのではないかと思うんです。ただ、日本と欧米における予防医学の大きな違いは認識しておくべきでしょう。日本の予防医学は基本的に「おせっかい型」。たとえば昔の大企業には必ず、「あなた食べ過ぎよ。血糖値どうするの」と叱ってくれる保健師の方が何人もいました。それを言われた本人たちも、仕方なくその指摘に応じます。

ーー一方で欧米人は人に言われてどうこうよりも、自分の意志で決める傾向が強い?

大室 はい。日本人は医者や奥さんに注意されて行動を決める人が少なくありません。
「医者に止められてる」ってセリフをよく聞きますよね? 実際は自分の健康なのですから、医師のアドバイスにしたがって「自分の意思でやめている」というべきなのですが…。こうやって「自分で決めた」という部分を曖昧にするのが日本社会の特徴です。

昔は医者が決めていた治療方針も現在ではAプラン、Bプランと示されて患者に決めさせます。
これまでのパターナリズム(=父権主義)が民主化されたことは喜ばしいことでもありますが、今度は“自己責任での選択”という新しいストレスを生みました。

日本の産業保健の歴史も、基本的には“おせっかいの歴史”です。健康を損なって困るのは、自分自身じゃないですか。だから本来、人がどうこう言っても決断の主体は本人であるべきです。それでも他人が口を出すことが潤滑油になる空気が社会にはあって、それが日本の予防医学を回してきたとも言えます。

イノベーションが起きにくいヘルスケア。凡事徹底で信頼を獲得すべき

ーーただ、企業のなかでお世話を焼いてくれる保健師さんが少なくなってきているのが現状ですよね。

大室 その部分をテクノロジーに変えていかなければいけません。ドラえもんくらいのおせっかいを焼けるロボットが登場すれば、一つのイノベーションになることは間違いないでしょう。日本人にはそういったタイプのテクノロジーが合っているはずです。とはいえ、当面は人とテクノロジーが合わさった状態、言うなればプリウス型のハイブリッド時代が続くでしょうね。

ーーハイブリッド型で予防関連サービスを提供する側が、導入して終わりではなく、きちんと「継続して運用」されるためにサービス設計からできる工夫は何かありますか?

大室 結構な割合の人が、自分で「ダイエットに挑戦します」というのは“シャラくさい”という感覚を持っています。意識高いことを恥じるような感覚です。こんな場合、医師や保健師やトレーナーなど他人に「○○に言われたからしょうがなく・・・」というように、日本人は他人のおせっかいを大義名分にします。本来であれば良くないことかもしれませんが、国民性はすぐに変わるものではないので、こうした特性を加味した上で設計はするべきでしょう。

病院に行かないと決めているわけではなく、ただ自分で決めたくない“ヘルス浮動層”を動かすためにも大義名分が必要になるのです。頑張った個人に対してインセンティブを与える欧米的な予防医学の設計ではなく、頑張っていないときに怒る形式の方が日本人には向くはずです。

ーー大室先生がその視点で今注目しているヘルスケアサービスはありますか?

大室 予防医学に関していえば、「その手があったか」といった事例はそうそうないんです。ライザップがやっていることも、特殊なことではありません。医療の場合はみんなあるべき姿を知っていて、そのための手段をどうするかが問われるのです。なので、シリコンバレーでみられるようなイノベーションはそうそう起こらない。むしろ地味な運用の部分でPDCAを回しながら、凡事徹底することの方が重要でしょう。

ーー確かに、ワンクリック一つとっても、UIが不便だとユーザーは離脱してしまいますよね。

大室 なので各社のコンセプト自体が秀逸というよりは、それぞれの事業のなかで試行錯誤を続けることが大事でしょう。たとえば、アマゾンやセブンイレブンのビジネスモデルもそれほど難しいものではありません。ただ、細かい部分で凡事徹底を積み重ねた結果、「やっぱりセブン」、「やっぱりアマゾンが使いやすい」といったレピュテーションを獲得しています。予防医学も凡事徹底を繰り返して、信頼できるものを作っていく姿勢が求められるのだと思います。

30年後の未来から、今の健康にまつわる常識を疑ってみる

ーー大室先生が産業医として勤められているなかで、健康意識の高まりは感じますか?

大室 健康オタクは昔からいて、その割合はあまり変わっていないでしょう。ただ、ヘルスリテラシーという意味では上がってきているかもしれません。今では「長時間労働から長期間労働へ」とよく言われるように、70歳まで働くことが当たり前になりつつあるので、20〜30代が無茶をしないようなペース配分をするようになってきている印象はあります。当然背景には年金制度や退職金に対する信頼のなさもあると思うのですが、自分の身は自分で守るという意味での健康意識は高まっていると言えるかもしれません。

ーーちなみに「医者の不養生」といった言葉もありますが、大室先生自身は何か健康に気をつけてやられていますか

大室 いえ、特に変わったことは何もしていません。「これをやれば身体に良い」とか「これをやれば寿命が延びる」と言われることのほとんどが医学的エビデンスはかなり限定的な範囲にとどまっています。一方で、タバコのように「これをやったらあきらかに身体に悪い」といったこと結構ハッキリ分かっている。なので、タバコは吸いません。その程度でしょうか。

経済評論家の山崎元さんが、資産運用について「何が儲かるかはプロでも分からない。それでも、10年単位で見れば株式市場は拡大している。あとハッキリ分かるのは、手数料が高いところはやめておくことくらい」とよくおっしゃっています。これはまさしく健康にも言えることです。なので、ストイックになり過ぎず、悪いものを避けながらあとは楽しく生きるイメージですね。

ーー最後にお聞きしたいのは、若い人にいかにヘルスケアに興味を持ってもらうかです。やはり人は、実際に健康を崩したり、病気に罹って当事者意識を持たない限りは、予防に興味を抱きにくいですよね。この辺りについてはどのように思われますか?

大室 ジブリの『風立ちぬ』なんかを観ると、若者を含めて登場人物がそこらじゅうでタバコを吸うシーンが描かれていましたよね。特に若い頃は、「みんながやっている」ということが重要であって、実は健康に良いかどうかはあんまり気にしていないんです。労働に関しても、周りが「20代は徹夜して当たり前だ」といえば、「そういうものか」と思ってしまいますよね。

少なくとも20年前の新人はそういう文化がありましたが、今は新卒でも「それ(徹夜)明らかに身体に良くないですよね」と言います。

ーー本人が独力で意識を変えるのはかなり難しいと。

大室 やはり社会全体もしくは会社組織が、「そうした行動は当たり前じゃない。むしろかっこ悪い」と世論というか雰囲気を作っていくことがとても大事でしょう。事実、「タバコを吸った方がかっこいい」といった価値観を持っている人は30〜40年前に比べて明らかに減っていますよね。

そうなると、30年後の未来から今の僕らがやっていることをみると、かなり不健康なことをやってしまっている可能性が高い。たとえば、満員電車に揺られて通勤しているのなんて誰がどう見ても身体に悪そうです。同じ時間に一斉に出勤し、並べられたデスクに座るという今でこそ「近代人の生活」に感じられることも、極論100年後からみれば鶏舎に閉じ込められた「ブロイラー」に見えるかもしれない。

僕らが30年前当たり前だった「オフィス内喫煙」などを振り返り、「おいおい」と思うということは、逆に30年後から今の僕らの生活が変なふうに映っていてもなんら不思議はない。不自然な行動や生活のシーンをそうした30年後の視点からいつも考えるようにしています。

※大室先生も登壇!今週末7月15日(土)開催「MedPeer Healthtech Academy chapter3」申込受付中


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大室 正志Masashi Omuro

医療法人 同友会 産業医室

産業医室産業医科大学医学部医学科卒業。専門は産業医学実務。産業医実務研修センター、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医を経て現在は日系企業や外資系企業、ベンチャー企業など30数社の産業医として、企業における健康リスク低減に従事。NewsPicksではプロピッカーとしてヘルステック業界についての寄稿も行っている。