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世界唯一の排泄予知デバイス「DFree」が生体のあらゆる変化を予測するートリプル・ダブリュー・ジャパン代表 中西敦士氏

2017.08.15 11:25

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オバラミツフミ(EDIT BY 長谷川リョー)

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介護 在宅医療
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経済産業省が主催する、ヘルスケア産業の創出・発展を目指すビジネスコンテスト「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2017」でグランプリを獲得し、世界中から注目を集めているサービスがある。トリプル・ダブリュー・ジャパンが提供する、排泄予知ウェアラブルデバイス「DFree」だ。

創業者の中西敦士氏は、大学を卒業後にシリコンバレーでインターンを経験。ビザ失効を目前に絞り出したアイディア「DFree」がキャピタリストの目に止まり、投資を受けたことが起業のきっかけになったそうだ。超音波で排泄予測をするウェアラブルデバイスは世界で「DFree」のみ。「今後は24時間体内の変化を可視化し続け、生体のあらゆる変化を予測する」と語る中西氏に、開発秘話と今後の展望を伺った。

「DFree」誕生のきっかけは、シリコンバレーでのインターン

ーーまずは、トリプル・ダブリュー・ジャパンが展開する「DFree」について簡単にご説明をいただけますでしょうか?

「DFree」は、排泄のタイミングを自分で気づくよりも前に検知し、スマホアプリで知らせてくれるサービスです。小さなデバイスを下腹部に装着すると、超音波センサーが体内の動きを分析し、排尿のタイミングを予知します。

現在日本には介護を受けている方が約600万人おり、便意を自分でコントロールできずに漏らしてしまう方が20~65歳で300万人以上、65歳以上で130万人以上いるといわれています。こうした排泄トラブルの解決を目指すのが「DFree」です。

ーー「DFree」の開発秘話の前に、中西さんのキャリアについてお伺いさせてください。トリプル・ダブリュー・ジャパンを創業される以前から起業しようと考えていたのでしょうか?

経営者をしていた祖父の影響もあり、小学生の頃から「起業したい」と思っていました。ファーストキャリアはコンサルティングファームですが、いつかは自分で会社を経営しようと考えていましたね。

ーーコンサルティングファームではどのようなお仕事をされていたのでしょうか?

医療経営や在宅診療、ヘルスケアサービスに携わっていました。製薬会社の海外展開にも従事しており、現在の事業と領域が近かったです。ただ、当時は医療領域で起業しようと思っていたわけではありません。

ーー起業のきっかけについて教えていただけますか?

コンサルティングファームを退職した後に、一度青年海外協力隊として海外に赴き、その後留学しました。その当時、シリコンバレーのベンチャーキャピタルでインターンをしていたことが起業のきっかけです。

ビザの期限が迫り、インターンの期間がもう少しで終了してしまう頃に「この先どうしたらいいのだろう」と途方に暮れてしまった時期があって(笑)。起業するなら今だとビジネスプランを20案考えてインターン先に提出。どの案ならお金を出してくれるのか相談し、そのうちの一つが「DFree」でした。

ーー「DFree」がキャピタリストの目に止まった理由は何でしょうか?

決め手は3つで、市場が大きかったこと、競合がいなかったこと、実現可能性があること。実現可能性がややネックでしたが、小児科医の兄が「小児の便秘は超音波診断装置で見える」と言っていたことを思い出し、原理的にできないことはないだろうと考えていました。キャピタリストが「技術者さえ雇えればネックが解消できる」と判断してくれたのも追い風でした。

世界の期待を背負う“唯一”の排泄予測ウェラブルデバイス

ーー最初はアメリカで起業されたそうですが、日本で注目を集めるスピードも早かったと思います。何かきっかけはありましたか?

経済産業省が主催するヘルスケア産業の創出・発展を目指したビジネスコンテスト「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2017」でグランプリを頂いた時期から注目をしてもらっているのではないかと思います。日本は国を挙げて介護問題の解決に動いており、ヘルスケア領域のなかでも介護領域は特に問題意識を強く持たれている。そういった背景もグランプリをいただけた要因になりました。

また、「DFree」は世界で唯一のデバイスです。世界中どこを見渡しても競合がいないというのは大きな強みだと思っています。

ーー日本のみならず海外からの問い合わせも多いかと思います。開発を進める上で特に意識していることはありますか?

メーカーなので完璧な製品を目指して開発を進めていますが、たとえ未完成でも誰かを救える可能性があるなら、いち早くユーザーのもとへ届ける意識を持っています。

被介護者は高齢者ですから、製品開発をしている間に亡くなってしまう可能性も少なくありません。「10年後の完成を目指します」では遅いんです。とはいえ使い方が分からないサービスをどんどん市場に投入しても介護問題の解決につながらないので、UI設計も大事にしながら適切なスピードで導入していただけるよう検討している段階です。

ーー海外展開もされているんですか?

日本以外ではフランスが既に導入を開始しています。そもそもヨーロッパは、介護業界が日本に次いで進んでいる地域。ヨーロッパ最大の介護施設がフランスに本社を構えていることもあり、新しいサービスを取り入れる下地もあるということで、海外第一号はフランスです。

ーー日本とフランスでのニーズの違いはありますか?

フランスは尿に関するニーズが大きく、便に対するニーズが低い。一方日本は真逆なので、現在便のサービスを開発しているところです。

日本の介護施設、特に在宅介護は便のサービスがあまり先進的ではない。寝たきりの患者さんに下剤を投与するのが一般的ですが、海外ではそうした光景はあまりみられません。下剤の投与って、要するに便失禁を促しますよね。オムツではカバーできなくて、背中まで汚れてしまうことが当たり前になっています。本来人間の本能として汚れることを望むわけがありませんので、そうした問題は早く解決したいと思っています。

ーー日本で尿に関するニーズはどのくらいあるのでしょうか。

フランスと比較すると低いとはいえ、60歳以上の30%程度が尿漏れを経験している、というデータがあります。切迫性尿失禁や溢流性尿失禁、腹圧性尿失禁など原因は様々なですが、それによって外出を控えたり、水飲まなくなってしまう方がいるんです。外出機会の減少は認知症を招く原因の一つで、結果的により状態を悪化させてしまうことにもつながります。

また、日本には夜尿症を患う子どもが全国に70万人いるとも言われており、そうしたことを考えれば日本も尿に関するニーズは高いといえます。介護に限らず、排泄にまつわるすべての問題を解決することが私たちの使命です。

24時間体内の変化をチェック。「DFree」が目指す生体の可視化とは?

ーー現在日本ではどれくらい導入が進んでいるのでしょうか?

150施設ほどの介護施設に導入していただいています。今後は在宅看護とリハビリ領域にサービスを提供していきたいですね。スマホを持っていない高齢者の方にいかにして使ってもらうかが課題の一つなので、最適な方法を模索しているところです。

ーーまずはデバイスの導入を目指しているのでしょうか?

私たちは「DFree」をデータを取得するツールとして捉えています。重要なのはデバイスを通じて得られるデータなんです。導入してもらわなければそもそもデータを取得することはできませんが、データをいかにしてあぶり出すか、データの精度をどうやって高めるかに注力しています。

24時間体内の変化を可視化し続けるデバイスは今のところ世界に存在しません。つまり、「DFree」は世界初のデバイスになり得るんです。取得できるデータの数が増え、データの精度が上がれば排泄に限らず生体のあらゆる変化が予測できるようになります。そうすると病気の予防にもつながりますよね。

ーー若い人からすると自分ごとではないように感じてしまうかと思います。

若い世代には「自分の親が要介護状態になる可能性がある」というリスクを知ってもらいたいと思います。「介護問題」といってもふわっとした問題意識になりがちですが、親の世話を何十年もするとなると焦りもあるでしょう。

ーーサービスの精度向上、認知拡大のために今後はどのような展開をされていく予定でしょうか。

医療領域全般で考えると、医療と介護の間には乖離があると感じています。製品を開発する以前から、具体的なニーズを引き出そうと現場の意見をヒアリングすることは心がけていたので、患者のニーズがしっかりと汲み取れる医療法人さんと一緒に問題の解決に進んでいきたいと考えています。

先ほども申し上げましたが、小さくてもニーズがあるなら私たちができることを提供していきたい。現場のニーズに沿った開発を進めることが使命なので、そのスタイルは一貫していく所存です。

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中西 敦士Atsushi Nakanishi

トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社
代表取締役

1983年生まれ。大学卒業後、 医療分野も含む新規事業立ち上げコンサルティングファームに従事。その後、青年海外協力隊に参加。2013年よりUCバークレー校でビジネスを学び、2015年、東京都港区にてトリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社を設立。