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ロボットの“やさしさ”で言葉を取り戻す。失語症患者を救うリハビリアプリ開発の紆余曲折に迫る

2018.03.09

Text By
半蔵門太郎
Edit By
オバラミツフミ
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2017年12月5日から6日にかけて渋谷ヒカリエで行われた、世界最大規模かつ最もアクティブなグローバル・カンファレンス「Health 2.0 Asia - Japan 2017」。当日のカンファレンスをもっとも賑わせた「ピッチコンテスト」では、日本のヘルスケアの未来を担う先進企業が自社サービスについて熱く語った。

本記事では失語症患者向けの言語訓練アプリでピッチコンテストのファイナリストに選ばれた、株式会社ロボキュア 代表取締役・森本暁彦氏と、CTO・石畑恭平氏のインタビューをお届けする。

同社は失語症患者向けに、言語訓練用アプリを提供している。コミュニケーションロボット「Pepper」とコミュニケーションを取ることで「呼称訓練」を行うサービスだ。

「日本におよそ50万人いる失語症患者は、ほとんどがリハビリが不十分で、発話ができないまま病院を出る現状がある」と代表の森本氏は語る。ロボキュアの言語障害トレーニングアプリは、そんな問題点を解決できると業界で注目を集めている。ロボキュアは失語症患者の希望となれるか。起業のきっかけと開発秘話、今後の展望を伺った。

目の前にリンゴがある。友人に「リンゴを取って」とお願いしようとするが、「リンゴ」の言葉が口から出てこない。頭の中では“読めている”のに、発話ができない。

「失語症」の患者は日本に50万人いると言われている。株式会社ロボキュアの創業メンバーの1人であるCTOの石畑恭平氏は、高校時代に失語症を発症。苦しみに共感した森本暁彦氏が、同じように苦しんでいる方々を支援したいという思いから株式会社ロボキュアを立ち上げた。

株式会社ロボキュア代表取締役 森本暁彦氏
株式会社ロボキュア 代表取締役 森本暁彦氏

ロボキュアは、失語症患者向けの言語トレーニングを「Pepper」とコミュニケーションをとりながら行うサービスを提供している。

いままで失語症治療は言語聴覚士による毎日の訓練が必要だった。しかし、慢性的な言語聴覚士不足により、リハビリが不十分な状態での退院を余儀なくされる患者さんが多くみられ、大きな課題となっていた。ロボキュアの開発したサービスでは自宅でもトレーニングができるため、普及すればリハビリ不足の現状を打破できる可能性を持つ。

Health 2.0 Asia – Japan 2017のピッチコンテストでは、サービスの独自性や確かな成果で注目を集めた。当記事では共同創業者の森本氏と石畑氏に、起業のきっかけから開発秘話、今後の展望までを伺った。

ルーツはCTOの失語症。“人の役に立つ事業”を追い求め、言語障害の克服に挑む

石畑氏との出会いについて語る森本氏

――まず、お二人が出会うまでのキャリアをお伺いできますでしょうか。

森本暁彦(以下、森本):私は大学卒業後から独立志向があり、コンサルティングをやれば何か自分がやりたい事業が見つかると思い、IBMビジネスコンサルティングに入社しました。IBMではビジネスを学ぼうと意気込んで入社したのですが、気付いたらなぜかプログラミング言語のJAVAを学ぶことになっていて…。自分のやりたい仕事をするためにIBMを外れ、株式会社オープンドアというガラケーのゲームサイトやコミュニティサイトを運営するベンチャーに入社しました。

その後、自分の得意分野で起業しようと思い、2007年に株式会社イントロムを創業。主にモバイル専門の事業支援を行っていました。ですが、ガラケーからスマホへの移行期に事業が不振になり、借金を抱えてしまいました。2013年頃は、ほとんど「収益を上げて借金を返す」ためだけに仕事をしていました。

結局、借金は何とかなったのですが、その時にお金を集めるためだけにする仕事が本当につまらないことを実感したんです。ITという自分の得意な領域は活かしながら、人の役に立つ仕事をしたいと思い、サービスを一緒に作ってくれる人を探しはじめました。

――そこで石畑さんと出会ったんですね。

森本:石畑とは一緒に仕事をした経験がありました。石畑は当時、麻雀ゲームの開発・運営を1人でこなしていて、ITスキルが図抜けていました。彼となら少人数でも多少無茶ができると思い、なにか一緒に始めないかと誘ったんです。

――なるほど。そこからどうして失語症に焦点を当ててビジネスを立ち上げたのでしょうか?

森本:ビジネスを模索している頃に、コミュニケーションロボット「Pepper」が発売されました。将来は一家に一台ロボットがあるような世界になるのではないかと思い、企画を考えたんです。すると石畑が現在の失語症支援の事業を提案してきたんです。あまりに唐突だったので「なんで?」と聞いたら、石畑が失語症だったことを初めて聞かされました。それまでまったくそんなことは気づかずにいたので驚きました。

株式会社ロボキュア 取締役CTO 石畑恭平氏
株式会社ロボキュア 取締役CTO 石畑恭平氏

――石畑さんの体験がビジネスのルーツなんですね。失語症はどんな病気なのでしょうか?

石畑恭平(以下、石畑):私が発症したのは高校1年生のときです。偏頭痛がひどく病院で検査したところ、脳の血管に異常があり、手術することになりました。その手術が原因で、失語症を発症したんです。

自分で言うのも変ですが、“面白い状態”でした。母に一度「足を掻いてくれないか?」とお願いしたら、母が肩を掻いてくるんです。自分では「足」といってるつもりなのに、「肩」と言っていたんですね。これが失語症の一つです。

人間のコミュニケーションの網の目を補填する、ロボットの“やさしさ”

――石畑さんは、そのタイミングでなぜ失語症に焦点を当てた事業を展開しようと考えたのでしょうか?

石畑:僕が在籍していた千葉大学工学部に、失語症のケアについて研究されている黒岩教授という方がいたんです。在学当時は接点はなかったのですが、卒業後に知り合う機会があり、その研究に携わらせていただくようになりました。そのことを森本に話したら、「それ、いいんじゃないか」と。今、黒岩教授にはロボキュアの特別顧問をしていただいています。

森本:黒岩教授には、まだ創業すらしていない頃、2回目に会った時に「顧問になっていただきたい」ことを伝えました。そしたら「いいよ」といってくださったんです。創業前の会社に、国公立大の教授が研究に協力してくれることなんて滅多にないので、嬉しかったですね。

――研究協力というと、ピッチコンテストでは君津中央病院でサービスを利用されていることもお話されていました。

森本:はい。君津中央病院は石畑が当時、失語症のリハビリに通っていた病院です。ここも縁あって創業前に企画を見せに行く機会があり、そこで印象に残る言葉をいただきました。

――どのような言葉をいただいたんでしょうか。

森本:「Pepper」を使った呼称訓練を見た病院の先生が、「多分この子(Pepper)、私よりやさしいわ」とおっしゃったんです。

――ロボットが人間より「優しい」?

森本:失語症の患者の多くは高齢者ですが、リハビリを担当する言語聴覚士は20~30代の方が多いです。ちょっとしたコミュニケーションの齟齬から、言語聴覚士の方も対話を諦めてしまったりします。高齢の方は、孫くらいの世代の人に言葉を指導されて、馬鹿にされたような感覚になることもあるそうです。また、言語聴覚士の方も人間ですので、急がせてしまったり不機嫌になることもゼロではありません。。その点、ロボットは最後まで待ち、高齢者の話を聞きます。その点で先生は「優しい」といったようです。

その話を聞いてから、もしかすると人間には表現できない「優しさ」をロボットで作れるかもしれないと思ったんです。そのチャレンジは誰もやってこなかったので、面白そうだと感じたし、やりたい気持ちが強くなりました。

本質は「ソフト屋」。ロボットにこだわらないUIで患者の回復を目指す

――創業前から研究に協力的なパートナーも見つかり、順調に進んでいるように見えますが、苦労したことはありますか?

森本:創業前は運よくいきましたが、創業してから最初のうちは試行錯誤の連続でした。失語症の支援という想い先行で進めてきたため、論理的なビジネスプランをしっかり詰めていませんでした。また、創業後半年を迎えたとき言語聴覚学会で我々のサービスを披露する機会があったのですが、そこでお叱りを受けたこともありました。

――どういったことが?

森本:君津中央病院の先生に言われた「優しい」を真に受けすぎて「人よりもやさしいロボット」と表題に書いたんです。その言葉は一般の方に向けたものならよかったんですが、言語聴覚士のプロフェッショナルたちの前では「ロボットの方が優秀だ」といったニュアンスに受け取られてしまいました。先生たちから見たら不愉快だったのではないかと思っています。

先生たちからしてみれば、人と人とのコミュニケーションをロボットが代替できるなんて思ってないでしょうし、人間がやるものだという強い思いがあったのだと思います。誤解を生んでしまいました。

失語症アプリ事業での苦労を話す二人

――開発にあたって苦労されたことはありますか?

森本:開発を始めてから、患者さんと適切な対話をするにはどうしたらいいのだろうと頭を悩ませました。「Pepper」は、アプリを起動する前には、「今日は晴れだね」なんてテンション高く明るく話し出したりします。話し方や声のトーンを落ち着かせてみたり、訓練中のテンションとのギャップをどう埋めようか試行錯誤していましたね。

石畑:技術的なハードルよりも、そうしたPepperのキャラクター作りが難しいんです。マニュアルがないところから、手探りの1年間を過ごしました。

森本:また、失語症には種類があって、脳の損傷する場所によって、なぜ言葉が出てこないのかというのが人それぞれ違うんです。「何かを言うことができない人」にしても、言う言葉を頭の中で組み立てることができないのか、その言葉を発声する筋肉に対する指令がうまくいかないのか、人によって症状が違います。

――症状によって治療法が違うため、訓練方法も異なると。

森本:おっしゃる通りです。1年ほど実証実験を積み重ねた結果、しっかりとした訓練ができるようになりました。それから本格的にデータを集めながら改善を繰り返し、ようやく成果が出てきたんです。

ピッチコンテストでも紹介しましたが、うめき声しか出なかった重度の患者が、ちゃんと訓練した単語を全て言えるようになりました。この成果には、先生方も驚かれています。

苦節を乗り越え、患者とpepperの会話がうまくいくような失語症アプリを作れたことを話す森本氏

――最後に、今後の展望を教えてください。

森本:現在、日本には50万人もの失語症患者がいるといわれていますが、私たちは普段あまり失語症の人たちを目にしません。それは、失語症の方たちが話せない辛さから閉じこもってしまい、外に出てこれなくなってしまうからです。だから、失語症の課題も社会になかなか出てこない。もっとそこを知ってもらえるようにしなければと思っています。

ただ、ステップとしてはまずは、失語症を支援している人たちにアプローチし、サービスを届けていきたいと思っています。そうすることで、もう回復しないと思っていた、もしかしたら人生を諦めていた人たちが、ちゃんと人生を前向きに歩んでいってくれると嬉しいです。

森本 暁彦Akihiko Morimoto

株式会社ロボキュア 代表取締役

大阪大学大学院工学研究科修了。IBMビジネスコンサルティング株式会社を経て、 株式会社オープンドアでWeb事業に従事。 2007年、数々のサービスを運営した経験を元に株式会社イントロムを創業。 Webサービスやアプリの運営及びプロモーションの支援事業を手掛ける。 2014年、自身が失語症になった経験を持つ石畑(現CTO)と共に、 株式会社ロボキュアを創業。”ITで人を癒す”をミッションとして、 Pepperやタブレットなどを活用したコミュニケーションリハビリサービスを開発している。

石畑 恭平Kyohei Ishihata

株式会社ロボキュア 取締役(CTO)

千葉大学大学院自然科学研究科情報科学専攻修了。家業である有限会社石畑工業にソフトウェア開発部門を起ち上げ、主に携帯電話向けゲームサービスの設計、開発、運営、および医療施設向け業務管理ソフトウェアやIoT機器用ファームウェアの開発を手掛ける。 2014年、ビジネスパートナーだった森本(現CEO)と共に株式会社ロボキュアを創業。ロボットやタブレットを使った言語障碍者向けリハビリテーションサービスの設計、開発を手掛けている。千葉大学工学部・工学研究院技術補佐員、博士(工学)。
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