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iPhoneに触発された大学生が、字が読めない父のためにスマートグラスをつくる。「OTON GLASS」の開発秘話に迫る。

2018.05.14

Text By
オバラミツフミ
Edit By
長谷川リョー
  • b.hatena
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2017年12月5日から6日にかけて渋谷ヒカリエで行われた、世界最大規模かつ最もアクティブなグローバル・カンファレンス「Health 2.0 Asia - Japan 2017」。当日のカンファレンスをもっとも賑わせた「ピッチコンテスト」では、日本のヘルスケアの未来を担う先進企業が自社サービスについて熱く語った。

本記事では、文字を音声に変換し、読む能力を拡張するスマートグラス「OTON GLASS」の研究開発と事業化を進める株式会社オトングラス代表取締役・島影圭佑氏のインタビューをお届けする。

島影氏が製品開発を仕事にしたきっかけは、学生時代に登場した“iPhone”の存在にあった。人々の生活を変革する小さなデバイスに魅せられた。そんなときに父親が脳梗塞で失読症を患ったために開発したのが「OTON GLASS」だったという。

「消費よりも、人々の生活を変えたい」と語る島影氏の、「OTON GLASS開発秘話」を紐解いていく。

「OTON GLASS」が誕生するきっかけになったのは、島影氏が在学中に、父親が失読症を発症したことに起因する。父親の生活に密着し、困っていることを解決するために「OTON GLASS」を開発した。

株式会社オトングラス代表取締役 島影圭佑氏(ピッチコンテストでのプレゼン)
株式会社オトングラス代表取締役 島影圭佑氏(ピッチコンテストでのプレゼン)

ピッチコンテストで島影氏は、「幸いにも父は回復し、『OTON GLASS』がなくても生活ができるようになりました。しかし、研究過程で視覚障害を持つ方の多くから『OTON GLASS』が欲しいとの声をいただきました。なので現在も、事業化を進めています」と語った。

ピッチコンテストでは受賞こそならなかったものの、会場からのオーディエンス投票では最多得票数を獲得。メガネが文字を読み込み、読み上げる光景に会場全体がどよめいた。多くの視覚障害者の手元に届けることを目指し、自治体からの認可を得ることで、ユーザーが1割負担で購入できる環境の構築を進めているという。

学生時代にiPhoneに出会い工業製品開発の道に進むことを決め、父親の失読症がきっかけで「OTON GLASS」を開発。学生時代から続くその開発秘話を伺った。
     
      

“遊び甲斐”より“革命”を選んだ。iPhoneに触発された大学3年

取材インタビューに応じる島影氏

――今回のピッチコンテストに出場された方の中では、島影さんが唯一クリエイティブにバックグラウンドがあります。オトングラスを創業されるまでの経緯をお伺いできますか?

島影圭佑(以下、島影) :製品開発を仕事にすることになったバックグラウンドには、ものづくりが好きだった幼少期にあるような気がします。レゴブロックが好きでしたし、絵を描くのも好きでした。

勉強では数学が一番得意だったので、得意な数学を活かしつつ、自分の好きなものづくりができることを軸に進路を考え、工業製品のデザイン(プロダクトデザイン)に行きつきました。そしてそれを学べる首都大学東京を見つけ、新潟から上京して入学しました。

――そこでプロダクトデザインを学ばれたのですね。

島影 :大学3年生からプロダクトデザインの研究室に所属しました。一口にデザインといえど、空間やグラフィック、もしくは電子工作などさまざまな選択肢があったのですが、在学中にiPhoneが登場してきたことが、専攻をプロダクトデザインに決めたことに影響を与えたと思います。

――iPhoneが専攻のきっかけになったのですか?

島影 :そうです。当初はインテリアデザインかプロダクトデザインを学ぶかで迷っていました。インテリアデザインは、デザイナーにとって“遊び甲斐”がある領域です。ある種、官能的な面白さがあります。ただ、iPhoneが人々の生活を変えていく光景を見ているうちに、自分も製品開発を通して社会を変えたいと思うようになりました。

在学中に何社かメーカーなどでインターンを経験しましたが、多くの仕事は「消費を促す」ためのスタイリングのアップデートでした。僕は自分が作った製品によって、人々の生活が大きく変わったり、その製品の登場がものすごく求められているようなものを作りたいと思ったんです。
   
    

失読の父に文字を届けたい。学生時代の研究を「OTON GLASS」に捧げた

――「OTON GLASS」を開発されたのは、お父様の病気が関係しているとお伺いしています。

島影 :ちょうど専攻を決めた頃に、父が脳梗塞で倒れてしまいました。後遺症が残り、言語野の特に「読む」機能が傷つく「純粋失読」を患ってしまったんです。3年生から4年生に進級すると、何か一つのテーマに絞って研究をするのですが、自分がやるべきテーマは「父が文字を読めるようになるにはどうしたらいいのか」だと思いました。

OTON GLASSは、文字を読むことが困難な人の代わりに文字を読み上げてくれる
OTON GLASSは、文字を読むことが困難な人の代わりに文字を読み上げてくれる

島影 :思いつくアイデアをスケッチで描きながら、父の生活に密着し、どういったシチュエーションで弊害が生じるのかを調べました。僕にとって象徴的だったのは、父が病院を訪れ、診察前のアンケートに答えているシーンです。

文字が読めないので、そもそも内容が分からず質問に答えることができません。そこで、先生にどういった質問が書いてあるのかを聞いていたんです。その光景を見て、誰かに頼らず一人でアンケートに答えるにはどうしたらいいのかを考えました。これが、「OTON GLASS」のルーツです。

目線の先にある文字を認識して音で伝えてくれればいい。そうしたら目や耳の近くにあるべきだろうと、メガネ(GLASS)に行きつきました。

――開発の流れを教えていただけますか?

島影 :まず、OTON GLASSを使用したらどういう体験になるかというイメージを映像にして、一緒に開発してくれるエンジニアやデザイナーを集めました。人を募るのは常に苦労していますが、共感してくれる方々がいて、現在は受注生産ですが製品化までこぎつけました。

OTON GLASS開発について語る島影氏

――「OTON GLASS」の開発に興味を持たれる方は、どのような方が多いのでしょうか?

島影 :「世の中にないもの」を生み出せる楽しさを求めている人たちだと思います。「OTON GLASS」は複合的な技術によって作られているデバイスなので、「プログラミングができる」といった一つの能力の上に立つものではありません。つまり、一人では作れない。

異なるバックグラウンドの人材が集まり、共同で新しいプロダクトを制作する感覚を楽しんでいる人たちがチームになっています。
      
        

社会のニーズとつながり、“ただのガジェット”に命が吹き込まれた瞬間

――「OTON GLASS」を開発する過程で、実際にお父様が利用されていたのでしょうか?

島影 :初期製品は父がテストユーザーです。改良した2代目の製品は文字の読み書きに困難を抱える先天性の学習障害「ディスレクシア」の方たちに利用していただきました。

――反応はいかがでしたか?

島影 :2代目のプロダクトは正直まだ、市場に出せるほどのクオリティではありませんでした。ただ、コンセプトを応援してもらえたんです。

ディスレクシアの方々は文字が完全に読めないわけではなく、読むのに時間がかかったり、読み間違えてしまうことが多い方々です。そうした方々が「OTON GLASS」を利用し、「非常に便利だ」と言ってくださいました。

混雑した駅などでは標識が見にくいことがあるそうなのですが、「OTON GLASS」があると「ダブルチェックになる」といった意見もいただいています。具体的にフィードバックをいただけたことで、価値があるプロダクトを作ることができていると実感しました。

――そうした声が、今のやりがいにつながっている?

島影 :そうですね。以前、あえて主要ターゲットを決めずに展示会に参加したことがあります。すると眼科医の先生方が「OTON GLASS」を強く求めてくださいました。

眼は一度悪くなってしまうと、進行を遅らせることしかできません。手術をしてもそれ以上のことはできず、リハビリができないのです。眼科医の先生にとって、これは非常に心が傷むことだと聞いています。

しかし「OTON GLASS」があれば、その後の生活を支援することが可能になります。そうしたお話を伺い、「OTON GLASS」がただのガジェットから人に求められるプロダクトに変わったと感じました。命が吹き込まれたと思ったんです。

Health 2.0 Asia - Japan 2017 ピッチコンテストではオーディエンスからの最多投票を集めた
Health 2.0 Asia – Japan 2017 ピッチコンテストではオーディエンスからの最多投票を集めた

ーー今後事業化していくにあたり、何か課題はありますでしょうか?

島影 :「OTON GLASS」が普及していくには、福祉機器として認められる必要があります。安く購入できる仕組みを作ることで、多くの視覚障害者の方が気軽に手に取れる製品にしていく必要があります。

「OTON GLASS」のような福祉機器の場合、市町村の自治体ごとに視覚障害者用の福祉機器として認定してもらい保険適用によって購入の補助をしてもらう必要があるため、その地域の自治体の政策と合うかどうかが重要になってきます。ハードルが高そうにも思えますが、必要なのは視覚障害の方々が本当にこれを求めているかどうかの客観的なエビデンスと、地域ビジョンにも合っているかどうかです。すでに検討が進んでいるところもあるので可能性は十分あると感じています。

そういった制度設計に関しては、自治体の方々や眼科医の先生と協力してゼロから創っていかなくてはならないので、そこは正解が誰にも分からず未知の領域ですね。

ただ、「OTON GLASS」があることで救われる人たちがたくさんいることが、これら全ての原動力になっています。現在はiPS細胞によって、眼そのもをつくってしまう研究もありますが、実現するにはまだ長い道のりがある。「OTON GLASS」は、そういった技術が実現するまでの間、視覚障害で苦しむ人たちの生活を支える存在になれればと思っています。

島影 圭佑Keisuke Shimakage

株式会社オトングラス 代表取締役

1991年生まれ。首都大学東京在学時、父の失読症をきっかけに文字を代わりに読み上げてくれる眼鏡「OTON GLASS」の研究開発を始める。情報科学芸術大学院大学[IAMAS]に進学し、株式会社オトングラスを設立、代表取締役に就任。現在も視覚障がい者など文字が読みづらい人々に届けるために研究開発と社会実装に取り組む。金沢21世紀美術館にて「lab展」開催、国立新美術館にて文化庁主催の「ここから2展」出展。経産省IoTLab準グランプリ、総務省異能vation採択。
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