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VRで命を救う。医療を“解放”してテクノロジーを融合させる「医領解放構想」とはーHoloeyes COO杉本真樹氏

4〜5人のチームを組み、何時間もかけて懸命に手術して、ようやく1人の命が救える。治療を待つ患者さんのため、睡眠時間を削って不眠不休で長時間働くことが医師の美徳である。そんな慣習や価値観に疑いの目を向ける者は、誰もいなかった。

「しっかり頭を使えば、必ずいい方法が見つかる」。幼少期からの信念を胸に、旧態依然とした医療という聖域を解き放ち、新しいテクノロジーを次々と導入する挑戦者がいる。外科医でありながら、医療VRのHoloeyes株式会社を立ち上げた杉本真樹氏だ。

「VRなんてただの遊びだ」。そんな批判も浴びながら杉本氏が開発を続けるのは、VR・AR・MR(仮想現実・拡張現実・複合現実)を総括する“XR”技術に支えられた手術支援サービス「HoloEyes XR」。その全貌から、開発のきっかけとなった地域医療の最前線である地方病院への出向、そして当たり前を疑う発想力を作り出した幼少期の現体験まで、杉本氏の一貫した哲学とこれからに迫った。
 ■目次


医療画像のVR化で手術が変わる。「HoloEyes XR」は“医療のナビゲーション”

ーーまずは、現在手がけられているサービスについてお伺いさせてください。

Holoeyes XRでVR化された医用画像(提供:Holoeyes株式会社)
Holoeyes XRでVR化された医用画像(提供:Holoeyes株式会社)

杉本真樹(以下、杉本):医師の画像診断を補助する目的で、患者個別の医用画像をVR化するサービス「HoloEyes XR」を提供しています。“XR”は「Extended Reality」を意味していて、VR・AR・MRを総称する新しい呼び方です。

ーー「HoloEyes XR」では、具体的にどのようなことができるのでしょうか?

杉本:一言で言うと、医用画像データのVR化です。CTスキャンで撮影された医用画像や、3Dスキャンしたデータを、VR空間で立体的に体感できるアプリに変換してくれます。

「HoloEyes XR」で変換したデータをVRゴーグルを通して提示すると、まるで実物のような奥行き・立体感で、臓器や血管の位置関係を把握できるようになります。手術を控えた患者さんが自分の病態を把握したり、医師が手術前にシミュレーションを行ったりする目的で利用されることが多いです。

イメージは、“患者個別のカーナビ”。医療画像を治療に役立てるために、実物の臓器がそこにあるのと本質的には同じように体感させるのです。


HoloEyes XRの利用イメージ

ーーどのような形式にデータを変換するのでしょうか?

杉本:臓器や病巣の形状を「ポリゴンメッシュ」(Polygon Mesh)と呼ばれる多面体で定義し、頂点、辺、面の集合データに変換します。コンピュータグラフィックによる立体の似顔絵のようなイメージです。「手術の際に参照するデータはできるだけ詳細であるべき」と考えている医師は多いですが、診断する際にはCTスキャンなどで内臓を詳細に見る必要がある一方で、手術はそうとは限らない。

「どこまで切るか」「どこからどう切るか」といった手術の計画を立てるには、不要なディテールは省略し、重要なポイントだけ抽出したほうが分かりやすいのです。手術のための「路線図」と言うのが分かりやすいかもしれません。アプリでは、ユーザー(外科医)が、血管を見たいときには血管を、癌を見たいときには癌を表示する、といったように、必要な情報を選べるようになっています。

ーーデータを立体的に理解するための道具としては、3Dプリンターもあります。

3Dプリンターで作られた腎臓
3Dプリンターで作られた腎臓

杉本:もちろん、3Dプリンターも素晴らしいツールです。実物にかなり近い形で、臓器の柔らかさなどの質感を持つ臓器立体モデルも開発されているので、実際に触りながらシミュレーションができます。また、最近は透明な素材もあり、形状だけでなく奥行きもわかるようになりました。

とはいえ、限界もあります。まず素材が高価なため、実物大の肝臓モデルの場合、20万円ほどかかる。また制作時間も長く工程も複雑です。

ーーVRであれば、そうした課題を解消できるのでしょうか?

杉本:物質的な素材が必要ないので、3Dプリンターよりも、はるかに安価かつ手軽に制作できます。

またVRは、空間を共有できる点も優れています。モニターだと同じ方向からしか見られませんが、VR空間で再現することで、同時に複数人がそれぞれ別々の視点から確認できるようになる。手術の現場では、参加メンバーが各々違った視点から患者さんに向かい合うことになるので、空間が共有できるとチーム間のコミュニケーションや教育効果が改善される可能性があります。

ーー医師の教育にも役立ちそうですね。

杉本:もともと手術は、熟練の技術が暗黙知のままであり、現場で先輩の背中を見ながら学んでいくしかなかった。しかし、VR空間でベテランと若手が体験を共有できるようになると、手術の現場以外にも実際の手術と同様の体験ができるため、技術伝承がスムーズになるでしょう。

VRの医療現場での活用の可能性について語る杉本氏

ーー現在は、どういった領域でのニーズが多いのでしょう?

杉本:今は整形外科の手術が一番多いですね。他に脳外科や頭頸部外科、耳鼻科など、骨を対象にした領域は、私たちも画像をVR化しやすく、現場でのニーズも多くなっています。内臓は手術でお腹を開けたり触ったりすると形が変わってしまいますが、骨は歪まないので手術前と術中の形状がほぼ一致しやすいからです。

また、脊椎の手術や人工関節の置換など、体内にインプラントを埋め込む手術のシミュレーションにも需要があります。VR空間上で、データ化した医療器具を埋め込んで見ると、適切な長さや形状などを事前に計算できるのです。

また、医療機器のメーカーや製薬企業が「HoloEyes XR」を営業に活用するケースも増えています。

ーー営業ツールとしてのニーズが多いのは意外ですね。

杉本:医療機器のメーカーが、医師に営業をする際にこのVRを使って使い方をシミュレーションして見せたり、製薬企業のMRが、薬効動態や作用機序を説明するときに体内での作用をVR上で説明したり、といった形で使っていただいています。

営業の方が、医師に専門的な説明をするのは難易度が高いですが、VRで医師に直接体験してもらえれば、視覚的・直感的に理解してもらえます。

ステレオタイプで制約も多い医療業界を“解放”し、民間のテクノロジーを入れる

ーー杉本先生は、いつ頃からVRの研究を行っているのでしょうか?

自身の経歴について話す杉本氏

杉本:当時は「VR」とは標榜していませんでしたが、画像解析の研究自体は2003年から行なっています。きっかけは、地方の病院への赴任です。とある病院で一度に何人も医師が退職してしまい、声がかかったのです。

いざ出向してみると、病院にいる医師は皆一様に疲弊していました。「まずは医師のモチベーションを上げないとまずい」と思い、業務効率化を推進することにしたのです。そこで、CT画像の三次元化などの研究を実際の臨床にも生かし、その成果を協力してくれた方々との共著で学会発表や論文で報告したところ、学会賞や研究助成金、企業との共同研究などに繋がり、チームが元気になっていきました。

ーー都心部ではなく、地方の病院に赴任したからこそ感じた課題意識もあったのでしょうか?

杉本:そうですね。さらに人口が少ない、医療過疎地の病院にも出向したのですが、明らかにリソースが不足していました。そうした状況に直面し、テクノロジーを使って何とかしないといけないという危機感が強まったのです。

高価な医療機器は田舎の病院では買えません。それでも、一般の市販品を使ってやれることも結構あるんです。例えば、手術中にマウスを使ってカメラやモニターを操作するのは大変ですが、ゲーム機などの加速度センサーや回転センサーで操作するだけでも随分楽になります。医療機器だけでなく、ゲームや家電のエンジニアの方々に教えてもらいながら、色々試していました。

このときに「民生のテクノロジーが医療を助ける」ということはこういうことなんだ、と実感しました。

ーー効率化へのこだわりは、もともと気質として持っていたのでしょうか?

杉本:幼少期から要領の良いタイプだったとは思います。「しっかりと頭を使って考えれば、必ずいい方法は見つかる」と信じていました。

その信念を持つきっかけとなったのは、小学生のときに姉とデパートに行ったときです。ルービックキューブのようなパズルを完成させると景品がもらえるコーナーがあり、そこでパズルを完成させ、景品を手に入れたのです。

多くの人はそこでちゃんと考えない。ちょっと考えたり発想を変えるだけで差が出るんだと実感しました。

ーーその信念を、医療業界で実践されているのですね。

杉本:自分の家族に医療関係者が一人もいなかったことも、今の自分につながっていると思います。親が医師だったら、「今の医療の形をそのまま維持さえすればいい」と思って現状維持に甘んじてしまっていたかもしれません。

ーーもともと医療に対して持っていたステレオタイプがないからこそ、柔軟な発想ができるのですね。

杉本:そう思います。また長年外科医として働いてきた中で感じてきた問題意識もあります。

助手や看護師さんも巻き込んで4〜5人のチームを組み、長時間かけて懸命に手術しても、助かるのは1人だけ。これをもっと短時間で効率的にできればさらに2人助けられる。そう考える人はあまりいません。そして休みなく患者さんのために長時間働くことが、美徳とされている。誰もそうした事実や価値観を疑おうとしない。

「それじゃ駄目だろう」と思っていました。テクノロジーを応用して業務を効率化すれば、救える患者さんの人数も増えるし、医師も十分に休んで最高のパフォーマンスを発揮できる。「医療崩壊(ほうかい)」と当時言われていましたが、私は「医領解放(かいほう)」構想を考えていました。閉じている医療の領域を解き放って、テクノロジーを入れていく。その中で生まれたのが「HoloEyes XR」です。

Holoeyes XRを用いて行われた手術の様子(提供:Holoeyes株式会社)
HoloEyes XRを用いた手術の様子(提供:Holoeyes株式会社)

VR普及のカギは患者さんからの「ボトムアップ」。否定から、受け入れられるために

ーー“医領解放構想”は、周囲の医師の方々からはどのような反応がありましたか?

杉本:医療に限りませんが、新しいものは大抵最初は笑われ、否定されると思っています。その後次第に受け入れられるようになる。

私も最初は「こんなゲームに使われている技術なんて、お遊びだ」と、嘲笑や頭ごなしの否定を受けました。特にベテランの医師ほど強いバッシングをしてきました。自分たちが今まで培ってきたものを守りたいため、否定する理由を探すのかもしれません。

ーー徐々に反応は変わってきているのでしょうか?

杉本:十分に普及しているとは言い難いですが、世の中でVRが浸透していくにつれて、医療の側も関心が高まりつつあります。

また、患者さん側からボトムアップで要望が出るようになると、医療側も対応せざるを得なくなるでしょう。たとえばiPhoneも、今でこそ病院内でも使えますが、もともと全面的に禁止されていました。ただアメリカで「病院の中でiPhoneを使えないのは権利の剥奪だ」と患者さんが訴えた事例などが出てくると、徐々に使えるようになっていったのです。

VRも、患者さんがVRで身体の中とか術中の様子を見れることを知り、見たいという要望をどんどんあげるようになって、次第にVR対応している病院を選ぶようになっていくと変わると思っています。

医療業界でのVRの展望について語る杉本氏

ーー今後、VR以外に注力していきたい領域はありますか?

杉本:ひとつはAI(人工知能)です。いま学習させる教師データを集めているところなのですが、ある人から取得したデータを、他の人に還元していきたいのです。現状、症例データは取得元の人にしか還元できないのですが、AIに多くのパターンを学習させれば、別の人に還元することも可能になる。たとえば、VR上でAさんの肝臓のなかにBさんの血管を入れて、さらにCさんの癌を入れられるようになれば、新しい症例を無限にシミュレーションできます。

ーー海外に似たようなサービスはあるのでしょうか?

杉本:実はあまりないのです。海外では日本ほどCTスキャンやMRIが普及していないので、3D画像データが日本ほど活用されていないですし、三次元でシミュレーションする習慣も浸透していない。この前ロンドンでEAESという外科の学会の総会で講演したときも、「ヨーロッパでもこんなもの見たことない」と言われました。

ーーとなると、世界のリーディングカンパニーになれる可能性もありますね。

杉本:そうかもしれません。海外へのサービス展開や、クレジットカード課金やEコマースへの対応も進めています。また各国ごとのルールにも適応していく必要があります。たとえばアメリカは薬事法が非常に厳しいなど、各国の活用シーンや法規に対応していきたいと思っています。

ーー海外展開するためには、そういった国ごとのルールに個別対応していかなければいけないのですね。

杉本:はい。各国のプラットフォームにどうサービスを合わせるか、柔軟かつ迅速に展開していくつもりです。また日本政府も、日本の医療システムの輸出を大方針として打ち出してプロモーションをしています。先日、経済産業省が立ち上げた、世界で戦って勝てるスタートアップ企業を生み出すためのプログラム「J-Startup」に我々も選んでいただいたのですが、そうした政府の支援も積極的に利用していきたいと思っています。

杉本 真樹Maki Sugimoto

医師・医学博士
Holoeyes株式会社 取締役 COO
株式会社Mediaccel 代表取締役 CEO
東京大学先端科学技術研究センター 客室研究員

帝京大学医学部卒。国立病院機構東京医療センター外科、米国カリフォルニア州退役軍人局パロアルト病院客員フェロー、神戸大学大学院医学研究科消化器内科 特務准教授、国際医療福祉大学大学院准教授を経て現職。外科医として臨床現場にて医用画像解析や手術支援システム、3Dプリンターによる生体質感臓器造形やVR仮想現実などの医工学横断的な研究開発や科学教育, 若手人材育成を精力的に行っている。
2014年Apple社Webにて世界を変え続けるイノベーターに選出。2017年Microsoftイノベーションアワード優秀賞、およびWIRED AUDI イノベーションアワード受賞。

日本外科学会 専門医・認定登録医
日本消化器内視鏡学会 専門医
日本内視鏡外科学会 技術認定取得者 評議員
日本コンピュータ外科学会 評議員
FICS 万国外科学会 Fellow
ISS/SIC 国際外科学会 Active member
SAGES 米国内視鏡外科学会 International Member
RSNA 北米放射線学会 International Member
兼任:
帝京大学 医学部医療情報システム研究センター 客員教授
崇城大学 客員教授
千葉大学 フロンティア医工学センター 特別研究助教授
神戸大学大学院 医学研究科消化器内科 客員准教授
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