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「私、ここで死にます」——高齢者住宅の入居者が、介護業界の風雲児に与えたビジネスの種

「高齢者住宅」と聞いて、どのようなイメージを持つだろうか。「認知症患者の介護」と聞いてどのような印象を持つだろうか。——「徘徊」、「暴言」など、少なからずネガティブなイメージを持ってしまうかもしれない。

ただ、私たちの中には、「イメージ」こそあるものの、そのリアルを知る人はそう多くないだろう。こうした分断をテクノロジーの力で越えようとする一人の起業家がいる。——株式会社シルバーウッド 代表取締役 下河原忠道氏だ。シルバーウッド は、VRを用いた「認知症体験会」を主催し、認知症への正しい理解を普及させるべく活動している。

また同氏は、駄菓子屋を併設したり玄関に鍵を閉めなかったりと、ユニークなコンセプトで高齢者向け賃貸住宅「銀木犀」を運営するなど、業界に新たな風を吹き込んでいる。

異業種から介護領域に参入した理由や、ビジネスとしての持続性を最重要視する理由。入居者の方に「私、ここで死にます」と告げられた日から始まった、レガシーな常識を覆すビジネス戦略の背景に迫った。
 ■目次


「私、ここで死にます」——末期癌で入居した女性が教えてくれたこと

――シルバーウッドは、もともと建築を主業としていたそうですね。しかし現在は、高齢者住宅を運営されるなど、介護領域でビジネスを展開されています。介護と接点を持ったきっかけについてお伺いできますか?

株式会社シルバーウッド 代表取締役 下河原忠道氏
株式会社シルバーウッド 代表取締役 下河原忠道氏

下河原忠道(以下、下河原):もともとは、父が経営する会社の鉄を使った建築工法を開発し、その構造躯体(建築構造を支える骨組み)を販売するメーカーを経営していたんです。工期が早くて安いのが特徴で、コンビニエンスストアやファミリーレストランに重宝していただいていました。

そうして経営を続けていると、時代の要請もあり、高齢者住宅が次々に建つようになったんです。また弊社の構造躯体が売れ始めたタイミングは、日本で初めて「高齢者向けの賃貸住宅」がスタートする時期とも合致していました。正直に言うと、「すごくおいしい仕事に出会った」と思いましたね。始めはそんな気持ちからでした。

――高齢者向け賃貸住宅の建築を手がけたことが、介護領域でビジネスを起こすきっかけになったのでしょうか?

下河原:そうなんです。「これからは高齢者住宅の時代」と口に出していたら、地主の方に「それなら一棟、自分で運営してみればいい」と言われたことがきっかけになりました。「分かりました」と、すぐに高齢者住宅を立ち上げることを決めましたね。

下河原忠道氏

――事業立ち上げは、スムーズに進みましたか?

下河原:実際に高齢者住宅を経営をしてみて、本当に甘かったと反省しました。事業を立ち上げる前は、「高齢者版の賃貸住宅だろ?」と、正直なめていた部分があったんです。

しかし、入居する高齢者の方は認知症がある方であったり、末期癌の患者さんだったり、それこそ死が目前に迫っている方がたくさんいました。それまで別業種で事業をしていた僕にとっては、分からないことだらけだった。やらなければいけないことが、とにかく多かったんです。

――全くの異業種で、培ってきた経営ノウハウも通用しなかったと。

下河原:そうです。建てるところまでは良かったものの、実際に入居者の方々を迎え入れた瞬間から、危機感に変わりました。そこで、家に帰ることをやめました。まずは住宅の中に自分の部屋を用意し、入居者の方と同じご飯を食べ、会話をするところから始めました。

――気苦労も多かったと思います。そこまでして、事業にコミットしようと考えたのはなぜでしょうか?

下河原:最初に入居された女性が、いきなり僕に「私、ここで死にます」と告げたんです。彼女は看護師として働いていた過去があり、僕にこう教えてくれました。

「病院にいると、高齢者がたくさん亡くなっていくの。でも、病院は人が死ぬ場所ではなく、元気になる場所。だから、病院で人が次々に亡くなっていくのは不自然なのよ。高齢者住宅のように、人が自然に死ねる場所が必要なのよ」と。

彼女は、旦那さんが認知症で介護をしていたときにご自身が末期癌であることが分かり、介護がもうできないと、お2人で入居されました。3ヶ月後に亡くなり、僕はそこで初めて入居者を看取りました。

日本は、死にたいときに、死ねない国。

下河原忠道氏

――看取りを経験したことで、高齢者向けの賃貸住宅事業に力を入れていこうと考えられたのでしょうか。

下河原:そうです。ただ、その時はまだ覚悟ができず迷っていました。「素人が賃貸住宅で看取りをするなんて」と批判を受けることも多々ありましたし、心無い言葉も投げかけられましたから。でも「私、ここで死にます」の言葉が忘れられませんでした。高齢者の方には、過度な医療を受けず、安心して死んでいける場所を探している人もいるのではないかと。そこで、日本以外の介護施設のことを知ろうと、海外をバックパックで旅しました。

――日本の常識とは違う介護施設がありましたか?

下河原:むしろ、日本だけが異常です。たとえば一番衝撃を受けたデンマークのプライエボーリ(高齢者住宅の意)は、入居者がみな笑顔で、朝からワインを飲み、踊っている。一方、日本ではチューブに繋がれて延命をする方が多いじゃないですか。

どっちが良いのかは分かりませんが、その差に驚きました。日本は、死にたいときに死ねない国なのだと思いました。

――その発想から生まれたのが、サービス付き高齢者向け住宅「銀木犀」ですね?

下河原:おっしゃる通りです。いわゆる“高齢者住宅の役割”をアップデートしようと、いろんなことを試しながら作っています。

例えば銀木犀には、地域の子どもたちが普段からよく来て遊んでいるのですが、施設に駄菓子屋を併設するなどして、自然にそこに人が集まる楽しい空間づくりを考えています。

施設内の駄菓子屋

――催し物を開いて人が集まるようにするのではなく、そもそも人が集う環境をつくろうと。

下河原:だって、不自然に人がやってくる環境もおかしいじゃないですか。ここは住宅なんだから。住宅の高齢者向けに一方的に子どもたちの演奏会などを開催したとしても、本当に楽しいかといえば、そう思わない人だっているはず。もっと自然に人が触れ合う環境が必要なんです。「高齢者向けの住宅」と銘打ってはいますが、そんなことは関係なく、シンプルに「楽しい」を感じられる場所づくりを目指しています。

――そうした環境づくりをされている背景には、何か原体験があるのでしょうか?

下河原:僕が知る限り、認知症のある人たちのなかでも、笑顔が多く生まれる環境に暮らしている人は、行動・心理症状が悪化するケースが少ないんです。若年性認知症の方に「認知症に効く一番の薬は何ですか?」と聞いても、「笑い合うこと」と教えてくれます。

もっと言えば、認知症のある人がいてもいいし、一人で暮らすのが寂しい学生がいてもいいし、単身赴任のお父さんがいてもいい。「ここに住みたい!」と思える建築的な魅力と、看取りまでをきちんと行えるサービスは大前提に、そんな多世代型の居場所をつくりたいんです。

――高齢者も住めるシェアハウスみたいですね。

下河原:そうですね。その空間のなかに多様性(ダイバーシティ)を育み、“もはや高齢者住宅とは思えない”環境をつくろうと、今後の開発を進めています。

その偏見、間違っています。仮想現実が教えてくれる、認知症を抱えた人の気持ち

――シルバーウッドは、高齢者向け住宅以外に、VRビジネスを展開されています。こちらも介護領域ですが、立ち上げの経緯をお伺いできますか?

下河原:よく聞かれるのですが、当初は高齢者住宅を事業展開していたこととは関係ない文脈でスタートしたんです。ずっと建築や介護というリアルな業界でやってきたので、次の事業領域はインターネットに決めていました。その中でまだあまり皆がやっていなく、今後市場が成長することが見込まれるVRで事業を立ち上げたんです。

「認知症」はそこで、たまたま当てはめてみたところ、はまったコンテンツでした。座学で認知症について学んだとしても、実感がないじゃないですか。なので、VRを使って認知症の方が見ている景色をリアルに体験することができれば、価値あるコンテンツになるだろうと仮説を立てました。

――たしかに認知症の数は今後ますます増えていくと言われていても、実際にそこで何がどうなるのか、あまり想像ができません。その課題に上手くVRがはまったのですね。

認知症患者の方が見ている景色を体験して見た様子
認知症患者の方が見ている景色を体験してみた様子。送迎車から降りる行為が、まるで高層ビルから飛び降りるかのように感じてしまう。降りることを催促する人のことが信用できなくなり、足がすくんで身動きが取れなくなった。

下河原:「VR×認知症」というのが発明だったと思うんです。瞬く間に広まったのも、認知症のある方が「何に困っているのか」を知る最初のきっかけになったから。

僕らは、認知症のある方に、自分の価値観を押し付けてしまっているんです。同じ行動を繰り返してしまうことも、外を出歩いてしまうのも、本人たちはおかしいと自認してやっている行為ではないですよね。

忘れてしまうことは仕方がないのに、そのことを病的なものとして捉えてしまっています。その理解に乖離が生まれているので、特別扱いしてしまうんです。出歩くことを「徘徊」とネガディブに表現するのも、その典型例だと思います。

――そうしたネガティブな扱いを払拭する目的もあったんですね。

下河原:事業立ち上げの原点がそこにあったわけではありませんが、やはり銀木犀でも認知症のある方々と一緒に時間を過ごしてきたので、気持ちが分かるんです。ある種の偏見には、怒りに似たような感覚すら覚えました。

繰り返しになりますが、笑顔が多い環境に暮らしている人は、行動・心理症状が悪化するケースが少ない。だから、銀木犀では玄関の鍵をしめることもしません。「徘徊しないの?」と聞かれることもありますが、ちゃんとみなさん帰ってきてくれます。抑圧された環境こそが、行動・心理症状を悪化させる原因なのです。

――VRを用いた認知症体験会によって、実際に理解は促進できているのでしょうか?

下河原:認知症のある方のご家族や、介護や医療の専門職に体験してもらうことが多いのですが、アンケートを取ると、「介護の際に感じる心理的負担が和らいだ」という方が90%を越えるんです。(全老健調べ)

体験前のアンケートで「認知症のある人は一人で買い物に行ってはならない」という問いに「YES」と回答した方も、体験後には「NO」に変化しています。

「介護領域はブルーオーシャン」——風雲児が、異業種からの参戦を勧める理由

――異業種から介護領域に参入されていますが、今後もビジネスを拡大されていくのでしょうか。

下河原忠道氏

下河原:もちろんです。はっきりいって、介護領域はブルーオーシャンです。僕はビジネスとして大成功することを大前提に考えていて、そこに福祉的な要素を接続していけばいいと思っています。ビジネスパーソンの多くに、もっと介護領域に参入してきてほしい。すると、介護が必要な人にとっても、より良い社会が実現するので。

ーービジネス、つまり金儲けとしての視点を声高に話すと、医療や介護の業界では否定的に捉えられることもありますよね。

下河原:もちろんそうした声がないわけではありません。でも僕は、「じゃあ君たちに新しく何ができるんだ」と思うんです。

福祉や介護の領域は、異業種の考えが持ち込まれることによって、もっと面白くなっていくはずです。僕は、高齢者住宅の一角に豚しゃぶやさんをオープンする計画をしていたりもします。もちろん店番は働くことを希望する認知症のある方です。障害者でもいい。この領域はまだまだ、できることはたくさんあるんです。

ーー今後は、グローバル市場への展開も見据えていますか?

下河原:最近ではデンマークの国立大学が、銀木犀を視察に来ていたり、海外からも注目をいただいています。協業して、中国にシステムを展開する構想もあります。日本だけでなく、グローバルにビジネスを積極的に展開していければと思っていますね。

下河原 忠道Tadamichi Shimogawara

株式会社シルバーウッド代表取締役、一般財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会理事のほか、高齢者住まい事業者団体連合会 幹事を務める。
2000年に、高齢者住宅・施設などの企画、開発、設計や運営を手掛ける株式会社シルバーウッド社を設立する。2011年直轄運営によるサービス付き高齢者向け住宅「銀木犀」開設。現在設計中のものを含め12棟の高齢者住宅の経営を行う。2016年には、VR(バーチャルリアリティー)を通して、認知症のひとが感じる世界を垣間見られる、ソフトウェアを開発すべく、「VRでの認知症体験」プロジェクトを開始。2015年、「銀木犀」の取り組みで、アジア太平洋高齢者ケア・イノベーションアワードで最優秀賞受賞。2017年、「VRでの認知症体験」が、アジア太平洋高齢者ケア・イノベーションアワードで、「BEST SMART CARE TECHNOLOGY-SERVICE部門」最優秀賞を受賞した。
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