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ヘルステックの未来をつくる今注目の人やサービスをご紹介

「1日24時間」は、4,000年前の概念。体内時計で「時間」概念をアップデートし、睡眠から組織を改善

「1日に7時間は寝る必要がある」、「できる限りノンレム睡眠の割合を増やすべき」、「平日の睡眠時間が減っても、週末に寝だめをすればいい」–––。世間には、睡眠にまつわる、さまざまな言説が流布している。

しかし、こうした言説は本当に正しいのだろうか。科学的根拠に基づかない、半ば迷信のような内容も散見される。また、個人の体質に違いがあるため、何が「正解」なのかは分かりづらい。

そんな曖昧模糊とした「睡眠」という難問を、「体内時計」を導入することで解決しようと試みているユニークなヘルステックスタートアップがある。法人向けに睡眠分析支援サービス「O:SLEEP」を提供する、株式会社O:だ。同社はいかなるアプローチで、睡眠の解明に取り組んでいるのだろうか。代表取締役CEO 谷本潤哉氏にインタビューし、「時間」概念のアップデートを目論む挑戦的な取り組みの全容に迫った。
 ■目次


「寝だめ」すると、時差ボケになる。“憂鬱な月曜日”を爽快に変えるための効率的な睡眠とは?

ーーせっかくなので、まずは「睡眠」一般についての質問をさせてください。私自身も含め、周りには睡眠にまつわる悩みを抱えている人が少なくありません。忙しいなかでも効率的な睡眠を取っていくためには、どうすればいいのでしょうか?

株式会社O: 代表取締役CEO 谷本潤哉氏

谷本潤哉(以下、谷本):起きる時間と寝る時間を固定し、睡眠習慣を安定させるだけでもかなりパフォーマンスが上がるはずです。逆にいうと、平日は睡眠時間を削って土日に寝だめする、といったスタイルは避けるべきです。「ソーシャル・ジェットラグ」と呼ばれる簡易的な時差ボケを起こしてしまい、月曜日に出勤するのが憂鬱な「ブルーマンデー症候群」の原因にもなり得ると言われています。

ーー「寝だめ」の習慣があるビジネスマンはかなり多い印象があります。

谷本:おっしゃる通りです。また、何より日本人は睡眠時間が短い。先日発売されたナショナルジオグラフィックの表紙にキャッチコピーとして記載されていましたが、平均睡眠時間が6時間未満の日本人は40%もいるそうです。6時間睡眠が10日ほど続くと、徹夜明けや酩酊時と同じような認知能力しか発揮できない状態になってしまいます。

ーー睡眠時間が短くても「仮眠を取れば問題ない」という説もあり、最近はパワーナップも話題です。

谷本:諸説ありますが、夜に十分な睡眠を取れない状態が習慣化する場合は仮眠が有効という意見もあります。我々の「O:SLEEP」のアプリでも、「何時までに、何時間(分)の仮眠を取りましょう」といったアドバイスを行なっています。

とはいえ、睡眠にまつわる言説には、とにかくエビデンスに欠けるものが多い。たとえば、「深い睡眠=質の良い睡眠」という話をよく耳にしますが、まったくの間違いです。浅い睡眠も重要ですし、そもそも日中に影響が出ない状態となってはじめて良質な睡眠と言えます。

睡眠データは「純度の高い社員の“本音”」。個々人に応じた睡眠コーチングで組織改善

ーー課題が絶えない「睡眠」ですが、企業にとってはどのくらい重要な問題なのでしょうか?

株式会社O: 代表取締役CEO 谷本潤哉氏

谷本:非常に重要です。睡眠と従業員のパフォーマンスとの間には、高い相関性が見られます。経済産業省が出している「企業の『健康経営』ガイドブック」に「生産性(プレゼンティズム)が下がる二大要因は、メンタルヘルスと睡眠」と示す研究結果があったり、うつ病患者の約90%が睡眠障害だと示すデータもあります。

ーーそういった睡眠の課題を解決すべく、企業向けに提供しているサービスが「O:SLEEP」なのですね。

谷本:はい。これは、従業員の睡眠データを活用し、従業員パフォーマンスの向上やネガティブな休退職者の削減を実現する企業向けのサービスです。睡眠状態を計測してくれるスマホアプリと、アプリと連携したクラウド解析ダッシュボードを提供しています。

ーーどのようにして、睡眠状態を計測するのでしょうか?

谷本:枕元にスマホを置いて寝ると、その人の睡眠時間と質を検知することができます。そのデータをもとに、個々人に応じたコーチングをしています。「CBT-i」と呼ばれる不眠における認知行動療法を活用し、最適な睡眠スケジュールを提案しています。

ーー実際に現れている効果についてもお伺いさせてください。

谷本:今のところ、すべての導入企業様で何らかの成果が出ています。3ヶ月で3,000万円相当の生産性(プレゼンティズム)改善を実現した企業様もありました。

ーー導入企業が多い業界などはありますか?

谷本:運輸業界がメインターゲットです。やはりドライバーさんは、睡眠の良し悪しが命に関わりますし、居眠り運転が原因で引き起こされる事故が多いので。ゆくゆくは、万が一運転中に眠ってしまった場合、それを検知しドライバーを起こす機能も実装したいと思っています。

ーー昨今は、HRテックの領域では組織改善を目的とした様々なサービスが出てきています。

谷本:そうですね。ただ、基本は業務効率化ツールが多く、本質的な組織のパフォーマンス改善にフォーカスを当てたツールはそんなに多くありません。

また、我々と似た趣旨で、従業員のパフォーマンスを改善するツールを提供している企業もあります。しかし、アンケートベースのものが多く、自己申告のために取得データの質が低いという声も聞きます。それに対して睡眠データは、隠そうと思っても隠せない、純度の高い社員の“本音”のようなもの。表面化しにくい組織課題が見つけられるところに優位性があります。

4,000年前につくられた「時間」の概念をアップデートし、「体内時計」を社会実装したい

ーー御社は「体内時計という、自分だけの時間に回帰しよう。」ということをビジョンに掲げられています。これはどういった意図なのでしょうか?

谷本:O:の最終的なゴールは、個人の睡眠改善ではありません。目指しているのは、「体内時計」を社会実装すること。体内時計は、人間が生きていくうえで非常に重要な要素であるにも関わらず、その重要性が全く認知されていないんです。

ーー睡眠改善は、体内時計を社会実装するための手段に過ぎないと。

谷本:そうです。僕は昔から、「時間」という概念に対する興味が強かった。きっかけとしては、SF作品や漫画に出てくる強いキャラクターには、時間を操れるものが多かったのがあるかもしれません。

株式会社O: 代表取締役CEO 谷本潤哉氏

谷本:世の中に当たり前のように存在している「時間」ですが、実は4,000年ほど前にメソポタミア文明で生まれた人工的な概念に過ぎません。その前提を疑い、「1日24時間」の時間軸をアップデートしたり、自分の時間(体内時計)を意識して生活することで、大げさではなくさまざまな問題が解決できるのではないかと考えているんです。

ーーそこで、新たな時間軸として「体内時計」に着目されたのですね。

谷本:はい。実はこの「体内時計」、医学的にも注目を集めており、2017年には体内時計の研究者がノーベル生理学・医学賞を受賞しました。体内時計管理を「究極の予防医学」とみなす声もあるくらいです。

現状のスマホアプリだと、体内時計の可視化は難しいのですが、体内時計をより正確に測定するためのウェアラブルデバイスも開発中です。

ーー体内時計が社会実装されると、具体的にはどのような働き方が可能になるのでしょうか?

谷本:たとえば、ウェアラブルデバイスで取得したデータをもとに、参加者のパフォーマンスが高い時間帯に重要なミーティングを設定できるようになるかもしれません。働き方のみならず、ゆくゆくは「あなたはこの時間帯に食事をすれば太りにくい」と、パーソナライズ化されたライフスタイルを提案していきたいです。

実を言うと、「O:」の会社ロゴも、既存の時間軸からの解放を意味しているんです。「:」は、時計の長針と短針を上から見た絵を表していて、「既存の時間軸の象徴である時計盤を問い正し、個人の体内時計を意識する」ことを示唆しています。

ブラック企業は、会社への強い帰属意識から生まれる。あえてToBに限定した理由

ーー起業に至った背景や経緯についてもお伺いできますでしょうか。

谷本:もともと広告会社で働いていて、いわゆる「長時間労働」をしていました。当時は働き方改革といった考え方は一切なく、社員の中には潰れてしまう人もいて、徐々に「もっと従業員が活き活きと働けるような職場になれば、生産性が高まるはずだ」と感じるようになっていたんです。

そんな折、たまたま睡眠についていろいろと知る機会があり、睡眠データの有効性に気づきました。はじめは社内の新規事業として睡眠に関するビジネスを起こそうと思ったのですが、なかなか周囲の理解が得られなくて。

ーー「社内でできないなら、会社を飛び出して起業するしかない」という想いを強めていったのですね。

谷本:そうですね。タイミングにも恵まれました。「これからの広告会社は、スタートアップ支援を積極的にやっていかなければいけない」という風潮が勃興し、僕もスタートアップと一緒にお仕事をさせていただく機会に恵まれたんです。

そこで実際にスタートアップをこの目で見て、朝令暮改のスピード感やスムーズな決裁の仕組みに衝撃を受けたんです。「このまま会社にいても自分のやりたいことはできない」と思い、起業に踏み切りました。

ーー起業後、サービス開発で特に苦労したポイントはありますか?

谷本:もう、苦労しかなかったですね(笑)。医療の専門的な知識を、いかに一般の人でも分かるようなUI / UXに落とし込んでいくか。正しい睡眠医学の知識を身につけてもらい、主観的にも客観的にも睡眠状態を改善するためにはどうすればいいか。そういった点のバランスを取るのが非常に難しかったです。

ーー開発当初から、法人向け(ToB)のサービスとして構想されていたのでしょうか?

株式会社O: 代表取締役CEO 谷本潤哉氏

谷本:明確な想いを持ってToB向けに限定しました。先ほど前職での長時間労働の話をしましたが、ブラック企業問題で苦しむ人が出るのは、会社への帰属意識が強すぎることが原因だと思うんです。会社の他に逃げ場がないから、労働環境が劣悪でも我慢して居続けるしかなく、最後は潰れてしまう。そういった状況を何とかして打開したいという思いで起業をしたので、始めから企業の労働環境改善という点にフォーカスを当てていました。

ーーヘルスケアサービスは割と、最初にToC向けにリリースし、収益化のために後にToB向けに展開することが多い中で、珍しいですね。

谷本:個人レベルではなく、会社自体の意識を変えないことには問題が解決しないと思っていたので。とはいえ、ある程度ToB向けのサービスが確立してきたら、ToC向けに広くサービスを提供していく構想もあります。

ーー最後に、今後の展望をお伺いさせてください。

谷本:今後は、体内時計のプラットフォームをつくっていきたいです。そのためにも、まずは体内時計という概念自体を広めていく必要があります。ゆくゆくは、この「体内時計」という貴重なデータについて、幅広くサービスを展開し、精度の高いデータをたくさん持っている企業としてのポジションを築き上げたいですね。

谷本 潤哉Junya Tanimoto

株式会社O: 代表取締役

広告代理店でコピーライター/デジタル・プランナーを経験。長時間かつ不規則な勤務で心身が疲弊したが、「時計を持たない1週間の無人島生活」で回復したことをきっかけに「体内時計」に興味を持つ。誰しもがそれぞれ持っている、人間本来の時間(=体内時計)を基にした新しい生き方、働き方を提唱したい。
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