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赤字病院を再生した若き総合診療医。中小病院を再定義する“コミュニティホスピタル”構想とは?

「ヘルステック業界で14年間ビジネスをしていますが、未だに『夜明け』は来ていないという実感を持ち続けています」ーーメドピア代表・石見陽の課題感から生まれた、ヘルスケア業界においてネットワークを構築できる場を提供し、チャレンジする人の背中を押すクローズドイベント「Healthcare Daybreak」。

本記事では豊田地域医療センター副院長である大杉泰弘先生をお招きした「Healthcare Daybreak Vol.7~赤字病院の再生に挑む若き総合診療医~」の模様をダイジェストでお届けします。

在宅医療の普及がなかなか進まない中、豊田市で実際に病院の在宅医療部門を立ち上げた大杉先生。地域の在宅支援診療所と在宅療養支援病院をつなぐ役割としてリーダーシップを発揮し、チームを牽引されてきました。赤字自治体病院を立て直したエピソードから、コミュニティホスピタル構想への想い、実際に医師を集めるためのポイントまでお話しいただきました。
 ■目次


「目の前の患者さんに何を提供するかが大事なのではないか?」ーー原点となった先輩医師の問い

愛知県安城市で生まれ、開業医の父のもとで生まれ育った大杉先生。現在は勤務医として活躍しているが、以前は「最強の開業医になりたい」という想いを持っていたそうだ。

福岡県の飯塚病院総合診療科で9年ほど勤務した経験が、今の大杉先生の基礎をつくった。特に、現部長の井村洋先生、同僚であった吉田伸先生との出会いは大きかったという。

「最強の開業医になる」という目標を井村先生に話した際、「最強の開業医になること自体ではなく、目の前の患者さんや地域社会、日本に何ができるのかを目的にすべきなのでは?」と問いかけられ、今までずっと抱いていた目標を失ってしまったのだ。

そんな中、吉田先生と「自分が担う医療で地域社会や日本全体がより健康で幸せになってほしい」と何度も議論していくうちに、「教育の力で地域医療を変える」という新たな目標が定まった。

豊田地域医療センター副院長 大杉泰弘先生
豊田地域医療センター副院長 大杉泰弘先生

大杉泰弘先生(以下、大杉):日本には一学年で7,000人から8,000人ほどの医師がいるのですが、そのうち1,000人は「地域医療・総合診療に従事するような状態を目指そう」と、吉田先生と共に誓いました。以来、そのビジョンのもとでさまざまな取り組みを行なっています。

そんな大杉先生が本日の講演で掲げるのが、新たな価値観「コミュニティホスピタル」と、「ここでしか学べない」というキーワード。これらの医療構想について語る前提として、中小病院の経営難の実状が紹介される。中小病院は医療費の全体3分の1ほどを使っているが、軒並み赤字経営だという。

大杉:日本には、独自の魅力を打ち出せないまま経営が立ちゆかなくなっている中小病院が約5,800もあります。こうした病院に、より多くの魅力を発信してもらい、赤字経営から脱却してほしいんです。

外からではなく、中から変えていく。赤字病院を再建した、中小病院の改革設計

飯塚病院総合診療科で医師経験を積んだ後、地域医療に本格的に取り組むべく豊田地域医療センターへと移ることとなった。大杉先生が赴任する2015年3月時点の豊田地域医療センターは、典型的な赤字病院。医局依存にも関わらず人が派遣してもらえず、医師の平均年齢は55歳、赤字は3億円、建物も築30年で老朽化といった状態だった。

大杉:この病院を、地域の中で魅力的で、かつ全国的にも注目される存在にしたいという想いで豊田地域医療センターへ赴任しました。「地域医療を支える最前線の病院」にしたかったんです。

そのための最初の打ち手が、「在宅医療」の拡大。専門医ではなく総合診療医を中心に医師を集め、大病院がやらないこの領域に徹底的に注力することにしたそうだ。はじめは2人の医師だけでスタートし、1年間に50以上の医療機関を訪れ、「どんな患者さんでも絶対に断らないので、紹介してください」と頼み続けた。そういった地道な努力を積み重ねることで信頼を獲得していき、患者を増やしていった。

在宅医療の事例として、まずは脳性麻痺の40代女性のケースを紹介。基本的には家族以外との接点がない生活を送っていたが、実際に診療をはじめると、知的レベルも高く、趣味の塗り絵ではコンテストでの入賞を果たすほど魅力的な方だと分かった。そこで、パソコンやスマホを使えるようにしてあげて、家族以外の人との接点を作ることで、社会参画を促すことにしたそうだ。

大杉:弱視でキーボードが見れない、一人で両手を離して座れないなど、操作面でのハードルは多数ありました。しかし、一つひとつ着実に対処していき、最後はメールによるコミュニケーションはもちろん、お母さんのクリーニング屋を手伝えるまでになったんです。

またもうひとつの事例として、20歳女性の末期癌患者のケースについても話してくれた。(これは飯塚病院時代のもの)彼女は、痛みも強く気分が後ろ向きになっていたが、「大ファンであるソフトバンクホークスの内川選手に会いたい」という夢を持っていたそうだ。そこで大杉先生は、その夢を叶えるために全力で彼女を支援することに決めたという。

大杉:会いに行く日が近づくにつれ、容体が回復しはじめたんです。当日は、対談や握手もしてもらえました。本人が生きがいや目標を持って毎日を生きることで、少しだけ寿命を延ばすことができたのかもしれません。

こうした価値を患者さんや職員、医師に伝えていくことで、豊田地域医療センターの患者数は増加した。もともと10名程度だったのが、今では300名前後まで増えているそうだ。体制づくりも進み、常勤医師14名、事務員5名、看護師18名という体制で患者数の増加に対応できている。

豊田地域医療センター副院長 大杉泰弘先生

大杉:いきなりコンサルタントを雇っても、成功体験がないと病院は変われません。まずは小さくてもいいので成功事例を積み重ねていきましょう。

意思決定プロセスを明確にしたり、「赤字は悪である」という共通認識をもつことでようやく病院全体が変わっていくことができます。また、「中小病院は大病院に負けているのではなく、コミュニティホスピタルという新しい概念を推進しようとしているのだ」というビジョンを浸透させることも大切です。

大病院で働く方がよく、中小病院で働くことはキャリアダウンだという意識が未だに医師の中にはあるという。そうではなく、中小病院には別の役割があるのだということを伝え、そこで働くことに誇りをもってもらうプロセスの重要性を語った。

「ここでしか学べない」ことを武器に、ミーハー層を狙え。コミュニティホスピタルの採用戦略

病院の売上は医師の数に依存して変わるので、こうした改革を進めていくためには、医師を集めることが必要不可欠だ。大杉先生によると、医師を集めるための訴求ポイント主には3つしかないという。

大杉:1つは給料の高さ。ただ経営観点から見ると給料の上げ幅には限界があります。2つ目はワークライフバランスの良さ。これも、立地が悪い地方病院では訴求が難しい。

豊田地域医療センター副院長 大杉泰弘先生

大杉:そして3つ目は、「ここでしか学べない」ものがあるかどうか。大学病院があそこまで重労働、安月給にも変わらず若い医師を集められるのは、そこでしか学べない最先端医療があるからです。地方病院が医師を集める際も、このポイントを訴求していくことが一番の勝ち筋だと思います。

2018年4月に、総合診療専門医という職種が誕生した。地域医療が専門技能として認められた歴史的転機である。これを機に、中小病院やクリニックは、コミュニティホスピタルの最先端医療を学べる場所として人気を集め始めているという。

大病院では、患者の0.1%しか罹患しないような病気の専門的医療知識は身につくが、もっと一般的な病気の診療スキルは身につきにくい。対してコミュニティホスピタルでは、早いうちから訪問医療の現場で実務経験を積みながら、幅広い患者に対応できる総合診療を学べる。

大杉:こうした認識が広まり、最近では若い医師の価値観が変わりつつあります。はじめから在宅中心の総合診療を希望したり、30代前半と早期に開業したいという考え方が普及しつつあるんです。

大杉先生は、具体的な採用戦略についても語った。コミュニティホスピタルは、“意識の高い層”ではなく、“ミーハー層”を狙うべきだという。

実際に豊田診療医療センターに入った若手にアンケートをとると、学生や研修医の頃は総合診療の存在すら知らなかったケースが多いという。つまり、学生の頃から意識高く、総合診療医になりたいと考えていた訳ではないのだ。ただ、開業を希望している者は多く、楽しさや自由度、多様性と、QOLなどを重視する医師が多いそうだ。

そこで、競合の多い意識の高い層よりも、中間層の6割をいかに採用するかに狙いを定めているという。そういった“ミーハー層”は、意識高い系で有名なメーリングリストや、SNS上では見つけにくい。そこで、学生とのサークルをつくり、遊びのイベントなどを通して少しずつ仲良くなることが有効だという。そこから徐々にコミュニティホスピタルの魅力を紹介していくことで、採用につなげていくのだ。

大杉:私たちが夢を語り、楽しそうな姿を見せることが一番大切です。初めのうちは反応が鈍くても、めげずに直接会う機会をつくり続けましょう。そうした地道なリクルーティング活動の結果、うちの病院では40名近くの新人医師を採用できています。

コミュニティホスピタルは、ワンステップモデル兼教育の場に

コミュニティホスピタルは、地域で必要な医療・介護がすべて揃っている「ワンステップモデル」を目指している。地域の人に、「これがあるから安心」という価値観を持ってもらうことが目標だ。

豊田地域医療センター副院長 大杉泰弘先生

大杉:どんな病気を持っている人でも、その人が過ごしたい場所でずっと過ごせるような社会にしたい。したがって、あらゆる病気を高いクオリティーで受け止められるワンストップモデルを構築したいんです。

豊田地域医療センターでは、働き方改革も進んでいる。週36時間制を導入し、空いた時間で子育て、アルバイト、大学院進学などに取り組んでもらう。

経営観点で見ても、売上が順調にアップしている。今年度は在宅医療だけで3億8,000万円ほどの売上が立つ見込みで、正しい医療を進めていく中で入院単価や病床稼働率も上がっているそうだ。在宅医療の増加に伴い、今まで病院を利用していなかった在宅医療患者も病院に来るようになるため、病院全体の収益も赴任時よりも2億5,000万円ほど上がった。黒字化も視野に入ってきているそうだ。

また、開業医へのサポートもカバーしていくため、県内でのアライスアンスを強めていくという。今後は医師の経営者としてのスキルを高める取り組みも強化していく予定だ。

大杉:ゆくゆくは、コミュニティホスピタルを全国展開していきたいです。また、「中小病院で働くためのコミュニティホスピタル」という新しい価値観も提唱していきたい。各都道府県に一つずつ、1年間に20〜30人の医師を教育できるプログラムをつくっていけば、兼ねてからの目標である「全国で1,000人は地域医療に従事するような状態」をつくり出せるのではないでしょうか。

大杉 泰弘Yasuhiro Osugi

豊田地域医療センター 副院長

2004年藤田保健衛生大学卒業 
藤田保健衛生大学病院で初期研修医
2006年より9年間飯塚病院に勤務 2011年より頴田病院家庭医療センター長
飯塚・頴田家庭医療プログラム1期生
2015年より豊田地域医療センターへ赴任 
2017年より同職
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