PEOPLE

ヘルステックの未来をつくる今注目の人やサービスをご紹介

「万人にとっての良い眠り」はない。ニューロスペース小林氏が構想する、睡眠のパーソナライズ化

「万人にとって良い睡眠」なんて、ありえません。適切な睡眠時間やノンレム睡眠の割合は、人によって違うんです–––世の中に蔓延している“睡眠の定説”に異を唱え、テクノロジーを活用した睡眠の「パーソナライズ化」に挑戦している人物がいる。

企業向けの睡眠改善プログラムを提供する、株式会社ニューロスペースの代表取締役・小林孝徳氏だ。

彼はいかなる手段で睡眠のパーソナライズ化に取り組み、どのような社会展望を抱いているのだろうか。ニューロスペースの取り組みをつまびらかにすべく、小林氏へのインタビューを行なった。「毎日4時間しか寝られなかった」過酷なサラリーマン時代から、睡眠のプロフェッショナルとして日夜奮闘する現在の活動まで、“睡眠領域のインテル”を目指す同氏の取り組みと想いに迫った。

※12/4-5開催の「Health 2.0 Asia - Japan 2018」。小林孝徳氏が、12/4の「「睡眠」を向上させるテクノロジー」にデモで登壇します。
Health 2.0 Asia - Japan 2018 プログラム一覧はこちら
 ■目次


快適な眠りを科学する。データが導くオーダーメイド睡眠の提案

ーーまずはじめに、現在のニューロスペースの事業内容についてお伺いさせてください。

株式会社ニューロスペース代表取締役 小林孝徳氏
株式会社ニューロスペース代表取締役 小林孝徳氏

小林孝徳(以下、小林):従業員の健康を睡眠によってサポートする、BtoBtoE(Employee=従業員)の事業がメインです。事前に回答いただいたアンケート結果を独自のアルゴリズムで解析し、オーダーメイドの改善プログラムを提供しています。

解析アルゴリズムは、アカデミックの知見を持った技術者の解析力をベースに、2013年の創業時から約60社・1万人以上の睡眠改善に携わるなかで蓄積したデータを活用し、日々ブラッシュアップしています。

ーー実際にあった企業での改善例を教えていただけますか?

小林:とある大手企業の事例を挙げると、事前アンケートの結果、その企業に勤める従業員の方々には、慢性的な睡眠不足、起床困難、熟睡困難といった悩みが多いことが分かったんです。

そこで、寝だめ習慣の改善を促したり、出退勤時間のデータをもとにした生活習慣の改善方法や、睡眠の質向上のための体温コントロール方法などをアドバイスさせていただきました。

結果、起床困難の従業員の数は約50%減、慢性睡眠不足は約20%減と、目に見える形で成果を出すことができたんです。主観的なアンケートでも、「今までより起床が楽になった」「いつも通りの時間に起きた方がだるくない」といったポジティブな感想をいただけています。

ーー企業は、どのような課題感を持ってサービスを導入されているのでしょうか?

小林:導入の目的は、企業様によって異なります。まず多いのは、既に露呈している課題を解決したい、いわば「マイナスをゼロにする」ことが目的のケースです。居眠り運転による事故リスクを最小限に抑えたい物流業界や交通業界の企業様、不規則なシフト勤務による従業員の生活リズムの崩れをサポートして人材不足を解消したい飲食業界の企業様などが該当します。

一方で、睡眠改善によってさらなる生産性向上を目指す「10を100にする」ことが目的の企業様も見られます。そういった企業様は、質の良い睡眠をとることで業務効率や集中力をアップさせ、業績や生産性を向上させようとしています。

ーー引き合いが多い業界や、業界ごとの課題の傾向などはありますか?

小林:ターゲットは特に絞っていないのですが、工場やシフト勤務の企業様からのお問い合わせが多いです。

またご推察の通り、業界ごとの課題の傾向もあります。たとえば身体を動かす仕事が多い外食産業では、活動量や代謝量が多いので眠気が蓄積されやすい一方、身体を動かすのをやめて帰りの電車に乗った瞬間に眠気に襲われて中途半端な時間帯に眠ってしまい、夜間の睡眠の質が下がってしまうといった課題がよく見られます。

センシングデバイスで取得した高精度のデータをもとに、BtoBtoC事業にも注力

ーー今お話いただいたメイン事業以外にも、取り組まれていることはありますか?

小林:主観的なアンケートベースではなく、センシングデバイスを通じて取得した客観的なデータをもとにサービスを提供すべく、日々開発を進めています。マットレスの下に置いておくデバイスでセンシングした心拍・胎動・呼吸のデータをもとに、アプリ上でパーソナライズされた睡眠アドバイスをします。

現在開発中のセンシングデバイス。マットレスの下に置いておくだけで、睡眠時の心拍・胎動・呼吸のデータを取得できる
現在開発中のセンシングデバイス。マットレスの下に置いておくだけで、睡眠時の心拍・胎動・呼吸のデータを取得できる

ーーウェアラブルデバイスを通してデータ取得を行なうサービスはよくありますが、センシングデバイスを使用されているのは珍しいですね。

小林:センシングデバイスは、ウェアラブルデバイスのように身につける必要がないというUX面での利点もありますが、何よりもデータ取得の精度が圧倒的に高いです。アカデミックの睡眠研究においては、脳波データなどをもとに行われる「PSG(睡眠時無呼吸検査)」との相関性を見ることがスタンダードになっていますが、このデバイスはその相関性も90%を超えています。

このデバイスを使えば、睡眠時間や入眠までの時間、中途覚醒時間、さらにレム睡眠とノンレム睡眠の割合といったデータはもちろん、「ライトスリープ」と呼ばれる浅い睡眠時間などの細かいデータも取得できます。そういったデータをすべてアプリで可視化してくれます。

ーービジネスモデルは、現状のBtoBtoE路線を引き継ぐ形になりますか?

小林:企業の従業員向けのBtoBtoE路線ももちろん継続しますが、今後はBtoBtoC事業もスタートしていきたいと思っています。我々だけではアプローチできない何千万人もの顧客を抱えている大企業様とアライアンスを組み、我々のコア技術をより多くのお客様に届けていくモデルを展開していきます。

この方針のもと、リアルタイムの睡眠データをもとにエアコンや照明を制御するスマートホームの仕組みをKDDIと共同開発したり、海外渡航者向けの時差ボケ解消アプリをANAと共同開発したりしています。

「熱意しかなかった」–––4時間睡眠を強いられた会社員時代を経て起業した経緯

ーー小林さんの起業までの経緯についてもお伺いしたいのですが、そもそも起業する前はどのようなお仕事をされていたのでしょうか?

小林:大学の物理学科を卒業した後に新卒でIT企業に入社し、2年間ほどWebマーケティングや法人営業に従事していました。ヘルスケアとは一切関係のない仕事でしたね。睡眠時間を削って働くことを是とする会社で、「上司より先に帰らない」とか、「上司が3・4時間睡眠で働いているのに、6時間も寝るのはおかしいよね?」と言われるような昔ながらの価値観の会社でした。基本的に4時間前後の睡眠時間で働いていましたが、全く頭が働いていませんでした。

ーーもともと起業の意思はあったのでしょうか?睡眠に悩みを抱える人は少なくないと思いますが、自ら事業を興そうとまで思う人は多くないと思います。

小林:実は学生時代から、漠然とした起業意欲はあり、そのときに考えていた事業の条件は大きく3つでした。1つ目は、もともと物理学科だったこともあり、最先端テクノロジーが活かせること。2つ目は、自分がものすごく熱くなれて、どんなことがあっても諦めずに取り組める領域であること。3つ目は、世の中の根本を揺るがすような影響力の大きい事業であること。

株式会社ニューロスペース代表取締役 小林孝徳氏

小林:テクノロジーによって睡眠課題を解決していく今の事業は、この3つの条件を十分に満たしていたんです。先ほどお話ししたIT企業での睡眠不足の経験だけでなく、学生時代からも睡眠障害に悩まされていたので、睡眠は自分にとってこの上なく切実な問題でした。また睡眠領域は、寝具業界も含めると数兆円の市場規模があるにも関わらず、睡眠にまつわる問題が原因の経済損失が数兆円規模で発生していることも分かったんです。

ーー働いているうちに取り組みたいテーマが見つかったのですね。事業計画や組織計画はどのように立てていたのでしょうか?

小林:熱意しかなかったので、当初は計画も何もありませんでした。売上も全く立たず、仲間も集まらなかった。創業から4年弱、私以外のフルコミットメンバーすらいなかったんです。2017年の6月に、創業当初から手伝ってくれていたCTOの佐藤がフルコミットメンバーとして入社し、そこからコア技術の磨き込みと売り出しを加速していきました。

「標準化された睡眠論」に異を唱える。私たちは、パーソナライズされた睡眠を全世界に届けたい

ーー最後に、今後の展望をお伺いさせてください。ニューロスペースでの事業を通じて、将来的にはどのような社会を実現させたいですか?

小林:すべての睡眠がパーソナライズされた世界を実現したいです。既存の睡眠サービスや寝具は、「万人にとっての良い睡眠」を提供することを標榜して売り出されているものが多いですが、そもそも適切な睡眠は人によって違います。アカデミックの世界ではもはや常識となっていることです。我々が中心となって、一人ひとりにパーソナライズされた睡眠解析とソリューションが提供されている世界を実現したいと思っています。

ーーその世界で、ニューロスペースはどのような立ち位置を占めるのでしょうか?

株式会社ニューロスペース代表取締役 小林孝徳氏

小林:我々のスリープテックのコア技術がさまざまな領域において社会実装される、いわば“睡眠領域のインテル”を目指しています。サイエンスベンチャーとして、労働現場から住宅まで、あらゆる領域で我々のソリューションを活かしていきたいんです。もちろんその一環で海外展開も見据えていて、まずはアジアを中心に進出していこうと計画しています。

ーー最近は睡眠にまつわる言説がブーム的に拡大していますが、それも追い風となるかもしれませんね。

小林:実際そのおかげで引き合いも増えているので、間違いなく追い風にはなっていると思います。

ただし、先ほども申し上げた通り、まだまだ「標準化された睡眠論」が基本で、パーソナライズされた睡眠改善の重要性はあまり認識されていない印象です。そこで我々が、きちんとした科学的知見にもとづいた情報を広めていきたいと思っていますね。

※12/4-5開催の「Health 2.0 Asia – Japan 2018」。小林孝徳氏が、12/4の「「睡眠」を向上させるテクノロジー」にデモで登壇します。
Health 2.0 Asia – Japan 2018 プログラム一覧はこちら

小林 孝徳Takanori Kobayashi

株式会社ニューロスペース 代表取締役社長

新潟大学理学部素粒子物理学科卒業。自身の睡眠障害がきっかけで2013年株式会社ニューロスペースを創業。
健康経営を推進する大企業を始め60社に導入され、1万人以上のビジネスパーソンの睡眠改善をサポート。
また、睡眠の計測から解析まで一気通貫型で実現する大規模睡眠解析プラットフォーム事業を手がける研究開発事業がNEDO STSに採択。本プラットフォームを活用し、睡眠センサーを活用したベッドの開発、ANAホールディングスとの時差ボケ調整アプリの共同開発などを行っている。
  • b.hatena
  • pocket