PEOPLE

ヘルステックの未来をつくる今注目の人やサービスをご紹介

“見捨てない在宅”が、地域中にファンをつくった。在宅患者数100名に迫るクリニックが明かす成長戦略

「ヘルステック業界で14年間ビジネスをしていますが、未だに『夜明け』は来ていないという実感を持ち続けています」ーーメドピア代表・石見陽の課題感から生まれた、ヘルスケア業界においてネットワークを構築できる場を提供し、チャレンジする人の背中を押すクローズドイベント「Healthcare Daybreak」。

本記事では、訪問診療特化型クリニック「ぴあ訪問クリニック三鷹」院長の田中公孝先生をお招きした「Healthcare Daybreak Vol.8~在宅患者数100を目指しての現状と課題~」の模様を、ダイジェストでお届けします。

2017年4月の開業後、着々と地域の信頼を獲得し続け、いまや在宅受け持ち患者数が100名に迫ろうとしている「ぴあ訪問クリニック三鷹」。拡大の一途を辿る当院ですが、「アシスタントと2人で、診療だけでなく、医療事務から庶務まであらゆる業務を属人的に捌いていた」開業当初から、さまざまな紆余曲折があったそうです。「カルチャーフィット」を重視する採用戦略から、今後の構想として見据える「標準化」の全容まで、成長の軌跡とポイントをお話しいただきました。
 ■目次


誰も見捨てない、断らない。「その人らしさ」を尊重する在宅医療で、地域の安心を守る

田中先生が院長を務める在宅特化型クリニック「ぴあ訪問クリニック三鷹」では、半径6km圏内を中心に、97名の患者と2件の施設に対して訪問医療が行なわれている。病院のミッションは、「在宅医療を通じて、地域住⺠のニーズに応え、安⼼の暮らしを実現する」。ミッションに込められた意図について、田中先生は以下のように語る。

訪問診療特化型クリニック「ぴあ訪問クリニック三鷹」院長の田中公孝先生

田中公孝先生(以下、田中):「お薬だけ出していただければ大丈夫です」という人から、大病院で「もうこれ以上打つ手がありません」と言われ“見捨てられ感”を覚えている人まで、在宅医療の患者さんのニーズや不安は多種多様。そうしたニーズそれぞれに丁寧に対応し、患者さんが安心して暮らせる状態を実現したいんです。

一般的な在宅支援診療所の制度についても語ってくれた。16km圏内で24時間体制が基本であり、月1回または2回の定期訪問に加え、臨時対応もある。収入源は、在宅医療の際に算定できる点「在医総管」。とはいえこれ以上点数がアップすることは見込めない風潮にあるので、今後は質を維持しつつも訪問数を増やしていくことが求められるという。

在宅患者の主な疾患は、認知症・脳梗塞後遺症・骨折後の廃用症候群・がん末期・難病など。在宅医療が広まっている背景としては、老老介護や独居の広がりと、「家で過ごしたい」という想いの強さが挙げられる。

在宅医療が社会から求められている役割にも話題は及んだ。田中先生が主な役割として考えているのは、在宅の適応疾患への対応、夜間対応による不安の解消、訪問看護や訪問薬局も含めた職種間連携、診療報酬の削減に応じた効率化・仕組み化。また、これらに加え、「『その人らしさ』の尊重」も重要な役割だという。

田中:在宅医療は、患者さんの「その人らしさ」を大事にすることが求められます。家という生活の場に非日常としての医療を持ち込むのではなく、患者さんの価値観を尊重しつつサポートする意識を持たなければいけません。

あの先生ならやってくれる–––困難事例への丁寧な取り組みが、ファンをつくり出す

続いて、創業から現在までの軌跡が語られた。そもそも、田中先生が在宅医療の領域での開業を志した源流には、研修医時代の原体験があった。

田中:誤嚥性肺炎を繰り返す⾼齢者の胃瘻問題を担当していた際、介護やケアマネジャーによる対応が難しいため退院が叶わず、施設や療養病院の順番待ちを余儀なくされるケースを何度も見てきました。そうするうちに、「病院だけではなく、介護や在宅医療の体制を改善しないといけない」という想いが強くなっていったんです。

家庭医としてトレーニングを積んだのち、2017年4月に開業。立ち上げ期は、アシスタントと2人だけで、とにかく属人的に診療を行なっていた。24時間対応で診療を行う傍ら、患者の受け入れやスケジュール作成といった医療に関わる事務作業から、電子カルテの選定、ホームページ作成といった庶務まで、あらゆる業務を捌いていたという。

また、初期は、他で断られ続けた事例や地域包括からの困難事例が多かった。在宅診療の先輩医師から受けた、「はじめは断るな。大変だろうけど、断ったら依頼が来なくなる」という助言に従ってあらゆる仕事を受けていたところ、数日で亡くなってしまう末期がん患者などが多く集まったのだ。

なかでも印象に残っているのが、下肢の広範囲に褥瘡を持ち、脳出血の後遺症も残っている80代男性。在宅酸素をつけ、かつ経口摂取困難ゆえに中心静脈栄養も行っている、重症患者だった。週3回粘り強く訪問を続け、最後は「治る見込みがないのであれば、家で看取りたい」という娘さんの強い気持ちを叶えてあげたという。

そうした困難事例に一つひとつ丁寧に対応していったところ、クリニックのファンが増えていった。

田中公孝先生

田中:地域の評判はとても敏感で、噂が伝わるのも早いです。少ない人数で困難事例に対処していくのは骨が折れますが、実績を積み重ねれば、「あの先生ならやってくれる」という評判を形成していくことができます。

開業から半年ほど経つと、施設受け入れの依頼も受けるようになった。この頃加入してくれた現在の主任看護師と一緒に、対応フローを確立していったという。施設受け入れを新規に始める際は、顔と名前と病気が一致しない状況での患者さんが多数入ってくるので、フローを整えないと対応が難しい。また、非常勤医師や提携薬局、施設看護師との連携方法も、ケースによって異なってくる。そうした状況に対応するため、主任看護師と一緒に体制を整えていった。

採用基準は、「みんなで見極める」。試行錯誤の末につくり出した、カルチャーフィット重視の採用スタイル

クリニックの成長に欠かせない「採用」についても、独自の方法論が語られた。人材紹介サービスやハローワークを駆使して看護師の採用を進めていったが、加入後すぐ退職してしまうケースを繰り返すなど、当初は苦戦していたそうだ。書籍からのインプットも行なったが、結局は「習うより慣れろ」精神で、失敗しながら学んでいくしかないと気づいたという。

田中先生が採用において特に重要視しているのは「カルチャーフィット」。在宅医療という領域ゆえの特殊性があり、一般的な病院における価値観に慣れている人は適応しにくいからだ。まず在宅医療では、縦割りで職種ごとの専門性を活かしていく大病院とは異なり、さまざまな職種間の垣根が低く、それらをコーディネートしていくことが求められる。そして何より、24時間体制という環境。決して楽とはいえない環境下ゆえに、田中先生と信念を共感させ、やりがいを感じてくれないと長続きしない。

田中公孝先生

田中:僕の根幹にある想いは、「はい終わったから退院してね」という既存の疾患ベースの医療体制へのアンチテーゼ。患者さん本人や家族の目線が持てる医療者を求めているんです。しかし、そうした人材はなかなか市場にいないように感じます。

また、試行錯誤を繰り返すなかで、独自の採用ノウハウも確立していった。まず、「〇〇病院での勤務経験と、〇〇病の指導実績があり…」といった表面的な経歴だけを信用しないよう心がけているそうだ。華々しいキャリアを歩んできていたとしても、訪問診療に向いているかどうかは別問題。面接時の「なぜ訪問診療に携わりたいのですか?」という問いかけに明確に回答できる人だけを採用するようにしているという。

田中先生だけでなく、他のメンバーと一体となって採用を進めていく点も特徴的だ。診療後に「いまどういった人材が必要で、うちに合うのはどういう人か」を議論し、採用候補者には実際の診療に同行してもらっている。

田中:当院の採用基準は、「みんなで見極める」です。診療同行をもとに、違和感がないかどうか、すべてのメンバーに判断してもらっているんです。一緒に働いてみて「やっぱりあの方には訪問診療への想いを感じられない」など、現場目線でのフィードバックをもらっています。

在宅患者数100名のために。属人的な体制を脱し、在宅医療にも「標準化」を

在宅患者数100名を目前としている現在を、田中先生は「拡大準備期」と位置付けている。三鷹市付近だけでなく西東京地域からも依頼が来るようになり、挨拶回りをしている余裕がなくなるほど患者数が増加した。開業から時間が経ち、クリニックのカラーが定まってくると、「待ってもいいから先生に頼みたい」というケースも増えたという。

100名以上の患者を安定して診ることができる体制づくりに向けてのポイントは、属人的な体制から脱し、「標準化」することだ。

田中:これまでは、個々のメンバーの能力や方法論に依拠して仕事を進めてきました。しかし、他の大型の訪問診療クリニックを見ていると、規模拡大にあたってはそれでは不十分だと分かったんです。情報共有やクリニックの方針を標準化し、それを言語化して伝え、個々のメンバーに理解してもらう必要があります。

標準化に向けても、「カルチャー」の共有が重要になる。効率的にカルチャーフィットを進めていくため、採用をリファラル採用中心にし、メンバーとの話し合いや1on1といった対話の回数も意識的に増やしている。クリニック加入後の教育体制も整備しはじめており、経験知を伝えていくため、新メンバーへの教育を兼ねた訪問の場も用意するようになった。

そして、カルチャー形成のために、メンバーに伝えている4つのポイントを紹介して、講演を締めくくってくれた。

田中公孝先生

田中:まずは、不安の原因は病気なのか薬なのか、つまり「在宅患者・家族の本⾳、問題の本質に迫れているか?」を明らかにすること。続いて、通院困難にせよ終末期の看取り希望にせよ、患者さんごとに「訪問診療になる確固たる理由がある」と理解すること。そして、緊急で往診にいくケースもあれば、電話で相談したいだけのケースや置き薬の対応だけで問題ないケースもあるので、「在宅患者の⽣活スタイルや往診要請の個別性を⼤事にする」こと。最後に、日々発生するさまざまな問題を乗り越えていく活力を養うため、「院内に新しい刺激を取り⼊れ続ける」こと。この4点を浸透させ、標準化を進めています。

田中 公孝Kimitaka Tanaka

ぴあ訪問クリニック 三鷹 院長

2009年滋賀医科大学医学部卒業。2015年家庭医療後期研修修了し、同年家庭医療専門医取得。その人らしく最期まで過ごせる在宅医療を目指し、2017年4月にぴあ訪問クリニック三鷹を開設、メドピア株式会社の事業にも関わりながら、医師の新しい働き方を実践している。