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研究者もアーティストだ。エイベックスがオープンイノベーションで取り組む、「線虫」によるがん早期検診の普及

2018年12月4日から5日にかけてメドピア株式会社主催で開催された、世界最大規模かつ最もアクティブなグローバル・カンファレンス「Health 2.0 Asia - Japan 2018」。産学官からヘルスケア業界をリードするトップランナーたちが集い、数十にも及ぶセッションが繰り広げられました。

本記事では、モデレーターに占部伸一郎氏(株式会社コーポレイトディレクション パートナー)、パネリストに広津崇亮氏(株式会社HIROTSUバイオサイエンス 代表取締役)、保屋松靖人氏(エイベックス&ヒロツバイオ・エンパワー合同会社 代表)をお迎えしたセッション「バイオ × エンタメ!?社会を変革するオープンイノベーション」の様子をダイジェストでお届けします。

早期発見すれば完治する確率が高まるにも関わらず、若年層を中心に検診が普及しない病気、がん。早期検診を普及させるためのボトルネック、すなわちがん検診のコスト削減と精度向上という相反する命題を同時に解決した技術は、「線虫」でした。

がんの検診率向上と、線虫を用いたがんの早期診断法「N-NOSE」の啓発活動を国内外に向けて展開するために設立された、エイベックス&ヒロツバイオ・エンパワー合同会社。がん検診における線虫の秘めている可能性から、「医療×エンタメ」というユニークなコラボレーションの座組みまで、同社の取り組みの背景思想と展望を語っていただきました。

※セッション登壇者
・占部 伸一郎(株式会社コーポレイトディレクション パートナー)モデレーター
・広津 崇亮(株式会社HIROTSUバイオサイエンス 代表取締役)パネリスト
・保屋松 靖人(エイベックス&ヒロツバイオ・エンパワー合同会社 代表)パネリスト
 ■目次


エイベックスのエンタメ資産を活用し、がんの早期検診を啓発

占部伸一郎氏(株式会社コーポレイトディレクション パートナー)
占部伸一郎氏(株式会社コーポレイトディレクション パートナー)

占部伸一郎(以下、占部):本日モデレーターを務めさせていただく、経営コンサルタントの占部と申します。2018年7月、がんの検診率向上と、線虫を用いたがんの早期診断法「N-NOSE」の啓発活動を国内外に向けて展開する目的で、エイベックス&ヒロツバイオ・エンパワー合同会社が設立されました。今日はこのユニークな取り組みを主導されているお二人をパネリストに招き、お話を伺います。まずは自己紹介をお願いします。

保屋松靖人(以下、保屋松):エイベックスの保屋松です。20年前にエイベックスに入社し、エイベックスの邦楽第一弾であった「TRF」のマネージャーをはじめ、最近では「AAA」というダンス&ボーカルグループなど、さまざまなアーティストやタレントのマネジメント業務に従事してきました。その中で、エンターテイメントを通じて社会に貢献できるプロジェクトを立ち上げたいという想いで合同会社として立ち上げたのが、エイベックス&ヒロツバイオ・エンパワーです。

広津崇亮(以下、広津):株式会社HIROTSUバイオサイエンスの広津です。私はもともと経営者でも医者でもなく、研究者として20年間、線虫の研究に取り組んできました。後ほどご紹介する線虫によるがん検査はとてもいい技術なんですが、いくらいい技術でも認知を広めるのは難しい。そこで、エイベックスさんと組み、より多くの方に受けていただけるように新しい活動を行っています。

占部:このヘルステックの分野に、元TRFのマネージャーさんがいらっしゃるというのはなかなか珍しいことですよね。その背景も後ほど伺いますが、まずはエイベックス&ヒロツバイオ・エンパワーの活動内容について教えていただけますか?

保屋松靖人氏(エイベックス&ヒロツバイオ・エンパワー合同会社 代表)
保屋松靖人氏(エイベックス&ヒロツバイオ・エンパワー合同会社 代表)

保屋松:国内で年間2,000〜2,500人の子どもが小児がんにかかっており、先天異常や事故死などを除くと、子どもたちの死亡原因の第1位を占めています。ただし治療法の研究はかなり進んでおり、早期発見できれば7割近い確率で完治できる病気にもなりつつあります。

しかし国内のがんの検診率は約40%と諸外国に比べて非常に低く、若年層に至ってはほとんどがん検診を受けていないのが実状です。エイベックス&ヒロツバイオ・エンパワーでは、がんで苦しむ人たち、とりわけ未来を担う子供たちの小児がんを撲滅していくために、エンターテイメント活動の場を通じ、早期検診の啓発活動を行なっています。

当面はがん検診率の向上、線虫がん検査「N-NOSE」の普及のためのPR活動に取り組んでいきます。若者への影響力を持つアーティストやタレントを通じ、がんの早期発見の重要性を伝えるライブイベントやテレビ出演などを行う予定です。また、小児がん患者とご家族への金銭的、人的支援を目的とした一般社団法人も運営していきます。チャリティーコンサートや、小児がん拠点病院へのアーティスト、タレントの訪問などを積極的に行なっていく予定です。

将来的には、小中学生の健康診断にN-NOSEを組み込んで義務化し、がんの早期発見率向上はもちろん、それに伴う医療費抑制にも貢献できればと思っています。また国内のみならず、北米やアジアを中心に世界各国への拡大も予定しており、既にオーストラリアではN-NOSEの解析センターの設置が準備されています。

尿一滴で「線虫」ががんを識別。低価格で痛みのない、高精度ながん検診を実現

占部:N-NOSEはどういった診断技術なのでしょうか?

広津崇亮氏(株式会社HIROTSUバイオサイエンス 代表取締役)
広津崇亮氏(株式会社HIROTSUバイオサイエンス 代表取締役)

広津:そもそも「N-NOSE」は「N(Nematode=線虫)」の「NOSE(鼻)」を表しており、「犬にも匹敵する、線虫の並外れた嗅覚を活用していきたい」という意図が込められています。

線虫は、尿中のがんの匂いを識別できます。もともと人間の尿の匂いからは逃げ出す習性があるのですが、がんの匂いは好きなので、がん患者の尿には寄っていく。そうした線虫の性質を利用して、非常にシンプルにがん検査が行えるんです。

現在18種類のがんに線虫が反応することが分かっているので、主要ながんはほぼ全て検知できます。ライバル技術と比べて、早期段階での発見精度も高いです。再発の検知にも効果が出ています。

尿一滴で行える手軽ながん検査は他にはありませんし、子どもでも無理なく受けられます。一般的な健康診断で行なっている尿検査に付随して行えるので、受診者の手間も増えない。また通常のがん検査は精度を高めるために精密機械を利用するため、10万円ほどかかるケースも珍しくない。しかしN-NOSEは、1万円に満たないほどの価格で実施できます。安くて精度の高い一次スクリーニングが存在しないという現状のがん検査の課題点を、コストのかからない生物の嗅覚を活用することで、解消できると思っています。

今は症例数を増やすべく活動しており、3年前にまだ大学教員だった頃に24だった症例数が、今や1,000以上に増えました。精度も変わっていません。一番の課題は啓発不足だと思っていたところで、保屋松さんと出会い、共同で取り組みを行うことになりました。

占部:これまで線虫に注目した人はいなかったのでしょうか?

広津崇亮氏(株式会社HIROTSUバイオサイエンス 代表取締役)

広津:線虫自体は生物界で注目されはじめてから60年間が経つポピュラーな生物で、ノーベル賞受賞者も6名出ています。ですから私が線虫を見出したというわけではないのですが、基礎研究のための生物と思い込んでいる人が多く、医療現場に応用する発想が出にくかった。そうした発想転換を行えたことは、ブレークスルーだったと思います。

占部:2018年8月には14億円の資金調達もされていますが、研究費の調達はどのように行われていますか?

広津:研究を制限されてしまうリスクを最小限に抑えるため、ベンチャーキャピタルではなく、事業会社からの資金調達にこだわっています。また臨床研究は、弊社ではなく医師を主体にして「論文に書いていいですよ」というスタイルを採ることで、医療機関の資金を活用でき、ほぼ0円で進めていくことができました。

大切な息子が小児がんに。「N-NOSE」という“作品”のプロデュースに至った理由

占部:それではここからは、なぜエイベックスさんとHIROTSUバイオサイエンスさんが合同会社を設立することになったのか、背景や経緯を教えていただけますでしょうか。

保屋松 靖人(エイベックス&ヒロツバイオ・エンパワー合同会社 代表)

保屋松:私の個人的な経験と、広津先生との出会いが出発点です。私ごとで恐縮ですが、5年前に息子が横紋筋肉腫という小児がんを患いました。まさか自分の息子ががんに罹るなんて思ってもみなかったですが、それをきっかけに「同じような病気で苦しんでいる子どもやその家族の方々に、我々が携わっているエンターテイメントを通じて何かできないか」という想いを抱くようになりました。

そんな折に広津先生と出会い、その素晴らしい技術と、自分と同じ想いからN-NOSEに取り組まれていることを知り、合同会社を設立することになりました。「低額で痛みもなくがんを早期発見できるN-NOSEが普及すれば、がんで亡くなる人はもちろん、小児がんで苦しむ子供たちの数を激減させられる」と思ったんです。

広津先生という“アーティスト”の“作品”「N-NOSE」を、何とかして世の中に広めたい–––長い間アーティストのマネジメントを経験してきた私の中に、そんな感情が沸き起こってきました。

占部:会社への説得はスムーズにいきましたか?

保屋松:はい。エイベックスグループ自体も、既存の音楽ビジネスが転換期を迎えているなかで、新たなエンターテイメントの存在価値を模索していたので、比較的スムーズに理解してもらえたと思います。また社内起業制度など、イノベーション創発にも積極的ですのでそのような企業風土も後押ししてくれたと思っています。

占部 伸一郎(株式会社コーポレイトディレクション パートナー)

占部:広津先生は、保屋松さんから初めて申し出があったとき、どういった印象を抱きましたか?

広津:研究者はメディアを敬遠する方が多く、もともとエイベックスさんは遠い存在ではありました。また、大企業と提携することへの不安もなかったといえば嘘になります。

ただお話を聞いていくうちに、取り組みの社会的意義はもちろん、「良いものは良い」と言ってくれるエイベックスさんの企業体質、そして何より最終的には保屋松さんを信頼して、提携を決めさせていただいたんです。

占部:合同会社という形態を取られたのはなぜでしょう?

広津:業務提携でPRだけ発注するスタイルが一般的だとは思うのですが、医療技術のPRはもっと慎重に考える必要があると思ったんです。たとえば面白おかしい形で広めてしまうと、逆効果になってしまうので。したがって専門家である我々が会社の内部に入り、一緒に考えていくスタイルを採るのがベストだと思ったんです。

研究者もアーティストと同じ。エンタメと研究の掛け合わせで、価値を最大化する

占部:実際にプロジェクトを進めていくうえで、お互いに気をつけている点はありますか?

保屋松:専門的な医学知識については基本的に素人なので、自分で勉強することはもちろん、研修や勉強会にも積極的に参加してキャッチアップし、できるだけ同じような温度感で議論ができるように努めています。

広津 崇亮(株式会社HIROTSUバイオサイエンス 代表取締役)

広津:私は他の研究者に対してですが、先ほども申し上げた通り研究者の方はメディアに警戒心を抱いている方が少なくないので、そうした方々へのコミュニケーションには気を遣っています。せっかく良い取り組みなのに、誤ったイメージで伝わってしまってはもったいない。

占部:今後の展望についてもお聞かせください。

保屋松:最低でも年1回、誰もが知っているようなアーティストに参加してもらい、大きな会場でイベントを開催していきたいです。テレビや新聞に取り上げていただきながら、まずはそうした形で世の中に発信していけたらと思っています。

またこれは海外では一般的なのですが、がん患者さんがいらっしゃる病院に、アーティストやタレントが訪問していく文化を根付かせていきたいです。エージェントという契約形態で各アーティストが経営権を持っている海外と異なり、日本ではプロダクション組織に所属することが一般的。したがって1人のアーティストがどこかの病院を訪れてしまうと、「うちにも来てください」という依頼に全部対応しなければいけなくなります。そうした構造的問題も変えていきたいです。

広津:もともとメディアとの付き合いなんて一切ない一般人だったので、日々エイベックスさんのPR力のすごさを実感しています。研究開発企業にとって、メディアと良い関係と築くことは非常に重要で、もっと注目されるべきだと改めて思わされました。

占部:最後に、締めのお言葉を一言ずつお願いします。

保屋松 靖人(エイベックス&ヒロツバイオ・エンパワー合同会社 代表)

保屋松:将来的には、がんに限らず、さまざまな病気に対してのソリューション開発に取り組まれている広津先生のような研究者をバックアップしていきたいです。先ほども触れましたが、研究者もアーティストと同じく、価値を最大化すべき存在だと思っているので。もし今日ご紹介したようなコラボレーションにご興味持たれた方がいたら、ぜひ一度お話させていただけますと幸いです。

広津:私はもともとビジネスパーソンではなく研究者でしたが、エイベックスさんとのお付き合いを通じて、世界が広がりました。特に若い方々などは、ぜひ常識に囚われず、柔軟な発想で、異業種ともコラボしながら取り組みを広げていくことをお勧めします。