PEOPLE

ヘルステックの未来をつくる今注目の人やサービスをご紹介

20代から70代の「医師起業家」が集結 –––起業を選択した“異端児”たちが語る、自分の使命

2018年12月4日から5日にかけてメドピア株式会社主催で開催された、世界最大規模かつ最もアクティブなグローバル・カンファレンス「Health 2.0 Asia - Japan 2018」。産学官からヘルスケア業界をリードするトップランナーたちが集い、数十にも及ぶセッションが繰り広げられました。

今回は、20代から70代までのDoctorepreneur(医師起業家)が集結したセッション「起業家医師の10年」の様子をダイジェストでお送りします。

最新テクノロジーを駆使して起業したり、SNSで“個”として発信力を持ったり…。キャリア多様化の波は、医療業界にも押し寄せています。今回のセッションでは、20代から70代の“医師起業家”が集結。各世代の立場から、医師でありながら起業を選択することの魅力や難しさが語られました。

※セッション登壇者
・池野 文昭(MedVenture Partners 株式会社 取締役チーフメディカルオフィサー)モデレーター
・岡庭 豊(株式会社メディックメディア 代表取締役社長)パネリスト
・沖山 翔(アイリス株式会社 代表取締役CEO)パネリスト
・城野 親徳(株式会社ドクターシーラボ 取締役会長兼開発管掌役員)パネリスト
・田澤 雄基(慶應義塾大学医学部 精神・神経科領域横断イノベーション研究室 助教)パネリスト
・石見 陽(メドピア株式会社 代表取締役社長 CEO(医師・医学博士))パネリスト
 ■目次


医療ベンチャーの歴史がここに。20代から70代まで、6名の“ドクトレプレナー”が集結

池野文昭氏(MedVenture Partners 株式会社 取締役チーフメディカルオフィサー)
池野文昭氏(MedVenture Partners 株式会社 取締役チーフメディカルオフィサー)

池野文昭(以下、池野):みなさまこんにちは。池野文昭と申します。今回のテーマは「起業家医師の10年」。Doctorepreneurとはドクター×アントレプレナーの意味ですが、20代から70代まで、時代背景も異なる中で起業した各世代のDoctorepreneur(医師起業家)6名が集まり、医療ビジネスの現状や課題を議論していきたいと思います。

まずは各自の事業について、簡単にご紹介いただきましょう。まずは、実際にはまだ60代ですがアラウンド70として、最年長の岡庭先生から、よろしくお願いいたします。

岡庭豊氏(株式会社メディックメディア 代表取締役社長)
岡庭豊氏(株式会社メディックメディア 代表取締役社長)

岡庭豊(以下、岡庭):メディックメディアの岡庭豊です。昭和大学医学部を卒業してから麻酔科医として働きながら、1979年に創業しました。医学書やデジタルコンテンツを制作して、多くの人びとに医療情報を届けています。30歳で起業し、2019年で創業40周年を迎えるところです。

代表作である『イヤーノート』は、おかげさまで医学生必携の参考書として評価していただいており、28年の長きに渡って愛される書籍となっています。本日お越しいただいた医療関係者の方にも、使ってくれていた方がいらっしゃるのではないでしょうか。その他2001年に発売を開始した『病気がみえる』シリーズは、400万部以上売れています。

池野:イヤーノートは私も5年に1度は購入するようにしています。毎年改訂されているため、日々進歩する医学知識をアップデートでき、とても役に立つんですよね。続いて60代の城野さんに、事業を紹介いただければと思います。

城野 親徳氏(株式会社ドクターシーラボ 取締役会長兼開発管掌役員)
城野親徳氏(株式会社ドクターシーラボ 取締役会長兼開発管掌役員)

城野親徳(以下、城野):ドクターシーラボの城野親徳と申します。私は32歳のときに美容クリニックを開業。その3年後に、美容サロンやドクターシーラボの化粧品開発を主要事業とするシーズ・ホールディングスを設立しました。創業4年後に上場し、翌年に東証一部に上場しました。現在は顧問・相談役という形で経営の第一線からは退いていまして、今後は自身の経験を活かし、これから起業したいと思っている医師を成功に導いてあげたいと思っています。

池野:ありがとうございます。続いて50代ということで、私の話をさせていただければと思います。私は大学を卒業してから9年間、静岡県で僻地医療を経験した後、2001年からスタンフォードに渡り研究を続けてきました。そして46歳のとき、医療機器専門のベンチャーキャピタルであるMedVenture Partnersを設立ました。

続いて40代の石見先生からお話を伺えればと思います。

石見陽氏(メドピア株式会社 代表取締役 CEO)
石見陽氏(メドピア株式会社 代表取締役 CEO)

石見陽(以下、石見):メドピアの石見陽です。この「Health 2.0 Asia – Japan」の主催もしていますが、基本的には医療の領域でITサービスを展開しており、主要事業として医師限定のコミュニティサイト「MedPeer」を運営しています。現在、登録医師数は12万人。国内の医師の3人に1人が登録している状況です。最近はネットとリアルを融合させていこうとしています。起業したのは2004年の30歳のときで、2014年に東証マザーズに上場しています。

池野:ありがとうございます。続いて30代、沖山先生お願いします。

沖山翔氏(アイリス株式会社 代表取締役CEO)
沖山翔氏(アイリス株式会社 代表取締役CEO)

沖山翔(以下、沖山):アイリスの沖山と申します。弊社の主な事業は、ディープラーニング技術を用いたAI医療機器の開発です。インフルエンザ診断に用いるための内視鏡カメラ型のデバイスですが、喉を撮影することで罹患しているかを早期から判定することが可能です。2020年までに製品化・流通することを目指しています。

元々は救急医療を専門にドクターヘリに乗っていましたが、医療ベンチャーでの勤務を経て32歳で起業し、会社として2期目に突入しました。

池野:ありがとうございます。では最後に20代、田澤先生お願いします。

田澤雄基氏(MIZENクリニック豊洲 院長)
田澤雄基氏(MIZENクリニック豊洲 院長)

田澤雄基(以下、田澤):MIZENクリニック院長の田澤と申します。私は医学部5年生の22歳のときに、医療ITベンチャーを立ち上げ、2年後に売却しました。現在は豊洲で夜間専門クリニックを運営しています。スマートフォンをはじめとしたテクノロジーを活用し、アクセスのしやすいクリニックを作ろうとしています。その他、大学でベンチャーの創出支援をしていまして、私の所属する慶應の精神・神経科からもベンチャーを出そうと、2社創業準備をしています。

自分のビジョンを見つけたとき、最短距離が“起業”だった

池野:シリコンバレーにおける医療関連ベンチャーの創業者の年齢を見ると、多くが30代前半だというデータがあります。医学部を出て研修期間を終えるのは早くとも27、8歳。現場を経験し、追究したいテーマに出会うタイミングなのだと思います。今回の登壇者にも、30歳前後で起業を決断された方が何名かいますね。一方で、学生時代に起業された方もいます。

次のトークテーマは、「起業のタイミング」です。田澤さんは医学生時代から起業を経験されていますが、どのようなきっかけでアクションを起こそうと思ったのでしょうか。

医師起業家

田澤:関心があるテーマを追求するための方法を考えたとき、起業が最短距離だと感じたんです。学生時代、さまざまな現場で実習を行うなかで、疑問に感じたのが人間の「健康レベル」でした。当時18歳くらいだった自分の視点からすると、なぜ年齢を重ねるにつれて健康レベルが人によって大きく変わっていくのか、純粋に疑問に思ったんです。そしてその答えは、現代の医学を学ぶだけでは到達できないのではないかと。

もっと効率的にデータを集めて、サイエンスとして真理を追求するためには、ICTの活用が必要だと感じました。そこで、自らサービスを展開して、そこに入ってくるデータを利用しながら、「もっと人間の健康レベルを上げるためのサイエンスを追求できないか」と起業を決意しました。学生時代に起業はしましたが、臨床は中断したことがなく、今も精神科医や一般内科医として臨床に従事しています。

池野:なるほど。自身の理想への最短距離が起業だったんですね。一方、30代の沖山さんは32歳で起業を選択されました。なぜそのタイミングで起業しようと思ったのでしょう?

沖山:私も田澤さんと同じく、自分が抱いていた医療の問題意識を解決するためには起業が最適解だと感じたのが理由でした。救急の現場で働いていたのですが、救急診療は他の診療科と違い、全ての領域の疾患に「広く浅く」対応できることが求められるんです。広く汎用的なスキルが身につく反面、特定の疾患のスペシャリストが育ちづらい環境でもありました。医学が進歩していく中で、一人の医師が全診療科の知識を深堀して学ぶというのはほぼ不可能です。

そうした課題の解決法を考えた際、可能性を感じたのがディープラーニングでした。AIはある問題に汎用的な対応をするのは不得意ですが、ピンポイントで深く掘り下げるのは得意。1つ1つの症状に対してそれぞれ高精度な診断支援をするAIができれば、救急医や総合診療医でもスペシャリストに近い診療が提供できるようになると思っていました。医師としては、現在は週に1回、夜間や休日に救急診療で当直勤務しています。

池野:ありがとうございます。続いて、石見先生いかがでしょうか。

医師起業家

石見:私は30歳で起業しましたが、サイドビジネスとして始めたので、当時はそこまで特別な問題意識や熱い想いを抱いているわけではありませんでした。医師は労働集約的な職業で、怪我をしたら明日から突然仕事が無くなるリスクがあります。そこで、会社を持ちビジネスオーナーになることで、金銭的な不安の無い中で臨床医を続けられたらいいなと思ったんです。

「MedPeer」を立ち上げたのは、起業から2年近く経過したとき。当時、大野病院事件に端を発し、「医療不信」の論調が高まっている時期でした。一方で、mixiなどのSNSが勃興し、人々が地域や時間を問わずに繋がれる時代になっていました。そうした社会状況にも影響を受け、医師同士をつなげるプラットフォームを作りました。医師たちの声を集めることができれば、それを世の中に発信することで医療不信を少しでも改善できないかと思ったんです。

このときに事業にコミットすることを決意し、週1回の臨床以外はすべて経営に費やすスタイルに変えました。「第2の創業」のタイミングだったなと感じています。

医師はリスクを取りやすい –––自分の“使命”を見つけたら、がむしゃらに手を動かせ

池野:50代以上の医師起業家の「起業のきっかけ」についても聞いていきましょう。まずは50代の私からですね。私が起業したきっかけは、安倍内閣が提唱する「三本の矢」政策にあります。経済産業省から医療業界における経済成長策を考えるよう依頼を受け、提案したのが医療機器に特化したベンチャーキャピタルの必要性でした。その流れでそのまま設立に参画した形です。

これから医療業界でチャンレンジを行うスタートアップを応援するとき、我々医師がファーストペンギンとして先頭に立って背中を見せることが必要です。いまは現場から離れてはいますが、VCの立場から医療産業を支えたいと思っています。

続いて、60代の城野先生、お願いします。

医師起業家

城野:私は学生時代からいろんな国を見て周るのが好きだったこともあり、グローバルに影響を与えられる日本発のブランドやベンチャーを立ち上げたいと思っていました。自分のベースが皮膚科医であることから、化粧品やサプリメントでそれを実現したいという気持ちを強く持っていたのです。若い頃から同僚とは飲みに行かずに経営者とばかり付き合っていたので、同業者から見たらかなり特殊な存在だったのではないでしょうか。

人それぞれ、さまざまな価値観を持っていると思います。私が自分自身の幸福感で大切にしているのは、自由であり、ゆとりがあり、余裕があること。そのビジョンを達成するためには、私には医師よりも起業家の方が適切でした。

もう一度人生をやり直して医者になっても、絶対に起業すると思います。人生100年時代と言われる今、社会には60、70代になったときにゆっくり恩返ししていけばいいですし、若いうちにもっと最短で大きなものを手に入れたいですね。これから起業する先生たちにも、やる以上は絶対に成功していただきたい。

池野:それでは最後に、岡庭先生お願いいたします。

岡庭:私の起業は、医学部生時代につくったノートがきっかけです。それが医学生の間で評判になってコピーを求められるようになり、学内から都内の医学部へと広がってある程度お金になるようにまでなりました。卒業後は麻酔科に入りましたが、本は引き続き順調でした。その頃、周囲のリクエストにより、これまで作っていた公衆衛生だけでなく内科・外科版も作ることになり、起業、そして『イヤーノート』の出版へと発展しました。

「専門的な医学知識を分かりやすくより多くの人に提供する」。このビジョンを2000年に掲げた後、さらに弊社は成長を続けてきました。社内には常に20-30代の社員や学生がいて、若い彼らと楽しく仕事ができるのは、本当に幸福だなと感じています。

池野:ありがとうございます。我々医師というのは、ある意味起業のリスクを取りやすい立場にいます。これからの若い世代の医師たちにも、“臨床医”としての仕事に固執せず、起業も含めて生き方の選択肢を広く持って欲しいと思っています。それが最終的に、目の前の患者さんではなくとも、世界中の人たちを救うことにつながる可能性もあります。我々も、そんな彼らのモデルになれるよう、今後もさらに躍進していきたいですね。本日はありがとうございました。

  • b.hatena
  • pocket