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医療スタートアップが“死の谷”を超えユニコーンになる道とは?–––医療アプリ「Join」のアルム坂野氏が語る戦略

2018年12月4日から5日にかけてメドピア株式会社主催で開催された、世界最大規模かつ最もアクティブなグローバル・カンファレンス「Health 2.0 Asia - Japan 2018」。産学官からヘルスケア業界をリードするトップランナーたちが集い、数十にも及ぶセッションが繰り広げられました。

今回は、日本初の保険適用アプリとして注目の高まる、医療関係者間のコミュニケーションアプリ「Join」を開発する株式会社アルム代表取締役の坂野哲平氏による講演「グローバル展開とデータ連携」の様子をダイジェストでお送りします。

「Join」が保険適用されてから約3年。現在はグローバル展開を加速し、アメリカからヨーロッパ、アジアまで既に世界11カ国で展開をしています。そんな坂野氏がしきりに語ったのは「日本で医療の起業家を増やしたい」という想い。医療素人だった同士がその経験から語る、医療領域におけるビジネスチャンスと成功へのポイントとは?

※保険適用までの軌跡を語った2017年度の講演レポートはこちら
日本初の保険適用アプリ「Join」の成功秘話。新規参入から4年、薬事承認までの軌跡を振り返る
 ■目次


“医療素人”が薬事承認を取り、海外大手企業と提携を結ぶまで

株式会社アルム 代表取締役 坂野哲平氏
株式会社アルム 代表取締役 坂野哲平氏

坂野哲平(以下、坂野):アルム代表の坂野です。今回は「グローバル展開とデータ連携」と題し、医療の分野において素人だった私がサービスを開発し、グローバル展開するまでに至ったお話ができればと思います。この「Health 2.0 Asia – Japan」には医師から起業家になった方々も多く登壇されていますが、私から今日お伝えしたいのは「素人でも医療ビジネスはできる」ということ。医療者かどうかに関わらず、医療での起業がどんどん増えていってほしいと願っています。

まず、私の経歴から簡単に説明いたします。大学は医学部のない早稲田大学を卒業しております。卒業と同時に起業し、「Hulu」や「Netflix」のような映像配信の裏側を担う会社を経営していました。その後、事業を売却し、2015年に設立したのが株式会社アルムです。

ではなぜ、素人の私が医療ビジネスを始めたのか。きっかけは、2014年11月に施行された薬事法改正でした。これにより、新しい医療機器プログラムの規制が変更されましたが、この法改正をビジネスチャンスと捉え、医療市場に参入したんです。

そこで立ち上げたのが医療関係者間のコミュニケーションアプリ「Join」です。詳しい機能については後述しますが、このアプリは2015年7月に日本で初めて「医薬品医療機器等法」における医療機器プログラムとして認証され、2016年4月に保険適用されました。恐らく日本において最短で、医療機器認証から保険適用まで走り抜けた事例かと思います。さらに海外でも、アメリカのFDA、ブラジルのVIZA、ヨーロッパのCEといった認証を取得し、保険適用申請をしています。

保険適用から2年半(講演時で)経ち、今はアメリカやヨーロッパ、アジアなど世界11カ国で展開するようになりました。そうすると大手企業の目に止まるようになったんですね。最近ではドイツのシーメンス社、アメリカのGEヘルスケア社と業務提携し、オランダのフィリップス社とは資本業務提携を発表しています。また、ベンチャー同士でも提携していこうとしており、例えば脳卒中の画像診断ツールを開発しているアメリカのベンチャー企業と業務提携を結んだりと、活動の幅を広げているところです。

株式会社アルム 代表取締役 坂野哲平氏

坂野:弊社は、医療機器や医薬品の大手企業と提携することによって、多くのシナジーを生み出していきたいと思っています。大手と提携することで生まれるメリットは、様々あります。

医療機器プログラムで成功していくためには、法的対応から研究開発、品質管理、営業活動まで、やるべきことは無数にあります。でもそれらを全方位でできるベンチャーなんていないんですね。そこで大手と提携し、臨床試験の体制やグローバルでの販路、資金の面でサポートを受けることで、スピードを早めることができます。

私は、医療の領域で「ユニコーン」企業が出てきて欲しいと思っているのですが、日本だけで成功してもユニコーンになるのは難しい。グローバルで成功できるかどうかが一つの条件だとしたとき、グローバルに展開する大手の力を借りるというのは、ベンチャーにとって重要な手立てだと思っています。

患者データをクラウドで管理。スピーディな対応を可能にするアプリを開発

坂野:医療素人であった私が医療領域で起業するにあたり、一番最初に考慮したのは「ポジションどり」でした。助かる命が増えたり、医療費が下がったり…。専門家でもないので、誰の目からも明らかなメリットが提示できる領域での事業を目指したんです。そのなかで私は、脳卒中などの発作に対応する「急性期医療」にポジションをとりました。

私たちの提供する「Join」は医療関係者同士がクラウド上で患者さんの情報を共有できるアプリです。脳卒中や心卒中といった急性期医療は、初期対応が非常に重要な領域。病院に送り、専門医が診断し、治療に入り、リハビリをする…。全てのフローに素早く対応する必要があります。助かる命を増やすためには、クラウド上で管理すれば効率化できるのではないかと思ったんです。

例えば、救急隊員が弊社のサービスを使うと、病院へスピーディに搬送でき、診断時間も段違いに早くなることで死亡率を下げられます。LINEのようなコミュニケーション機能で受け入れ可能な病院をすぐに探すことができる他、通常のSNSと異なるのはCTやMRI、エックス線やエコーなどの病院の医療データにもいつでもアクセスできるという点です。

また、最近では厚生労働省の科研費で開発した「MySOS」という一般市民向けの医療情報共有アプリの提供も本格的に開始しています。目の前の人が倒れたときに、心肺蘇生法など一次救命のやり方を調べたり、AEDや救急病院の場所を検索できるアプリです。また、「Join」とも連携していて、医師からアプリ上で自分の医療画像などカルテデータをもらうことができます。現在、全国の35大学にこのアプリと連携していただいています。

いつでも専門医と繋がることができ、初期対応を素早くできる。医療におけるネットワーク化は、これからさまざまな診療科に影響を与えていくと思っています。実は35大学のうち25大学が、我々のアプリの導入によって初めてインターネットに繋ぎました。医療のネットワーク化は、本当にこれからなんです。

医療のネットワーク化で訪れる“6つ”の構造変革

坂野:今、経済産業省が「コネクテッドインダストリーズ」と称して、あらゆる産業のネットワーク化を推進しています。弊社も、ちょうど今日(2019年12月6日)内閣府から発表された戦略的イノベーション創造プログラム第二期の一員に採択されまして、在宅介護・医療など地域包括ケアの中でAIやIoTを活用したネットワーク化の実現を目指しているところです。

私自身は、今後医療のネットワーク化によって生まれるビジネスチャンスや構造変革は6つあると感じています。1つ目は、医療情報の2次利用です。これまで、保障支払いの可能性が高くなるため、糖尿病や慢性腎疾患、高血圧などの診断を下された患者さんは、一般的な生命保険に入ることが難しいと言われてきました。たとえ病状が回復しても、保険会社は病気になった後のデータを持っていない。病気になった時点で、保険の対象から外さざるを得なかったのです。

しかし、医療データを共有することで、「どのように回復しているのか」、「どんな治療をしているのか」といった最新情報を閲覧することができるようになります。そうすると保険会社は、病気になってしまった人向けの保険のプランを作成でき、受け入れの緩和が可能になります。今まで保険に入れなかった人に対して、新たなビジネスが生まれるのではないかと思っています。

2つ目に期待するのは、40歳〜74歳までの方を対象に行う「特定保健指導」の新たなモデルが生まれること。現在、特定保健指導においては、保健師や栄養士が生活習慣を改善する“指導”を行なっています。そこにデータを共有している医師が介入できれば、「このままの生活習慣では病気になってしまう」、「このままでは医療費がこれくらいかかる」とエビデンスに基づいて予告することで、患者さんの行動変容を促せるのではないでしょうか。

3つ目は、データを利用した薬や医療機器の広告モデルが生まれること。患者さんのバイタルデータが共有されることで、「この患者さんにこの薬どうですか?」といった、個別最適化された広告が打てるようになるのです。もちろん薬事法の規制はありますが、データ活用により、スムーズな現場とメーカーのマッチングが行われるのではないかと思っています。

坂野:医療のネットワーク化によって生まれる変化はまだまだあります。4つ目は、医療現場の状況がリアルタイムで把握できること。薬の欠乏や足りない医療機器など、クラウド上で病院の状況を共有することで、医療メーカーとの連携を高めることもできるでしょう。

5つ目は、新たな臨床試験のモデルが生まれること。経験されている方も多いかもしれませんが、これまで治験や臨床試験には多くの時間と労力を費やしてきました。しかし、あらかじめデータを共有しておくことで、治験協力者の拘束時間を短くすることが可能になります。研究のPDCAをより早く回すこともできるようになるのではないでしょうか。

6つ目は、遠隔医療ですね。オンライン診療はもちろん、画像診断や病理などデータだけで判断できる診療科も生まれるのではないかと思っています。AIによる診断も、日本でも進んでくるでしょう。今はAIの会社がそれぞれ個別に病院に提供していますが、それよりも、病院をネットワークする会社、AI診断する会社、遠隔医療の会社、などでデータを連携する形が出てくるのではないでしょうか。

「死の谷」を越えれば、巨額イグジットが待っている。坂野氏が呼びかける“素人”の医療起業

坂野:ここまで、ネットワーク化によって生まれる構造変革やビジネスチャンスを紹介してきました。しかし、皆さんのなかには「法的に大丈夫なのか?」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。データ活用における法規制との向き合い方も重要なポイントです。

法的に障壁となるのは、個人情報保護法と、医学研究における倫理指針です。もちろん医療データは個人情報ですので、自由に使用することはできません。しかし、行政から研究事業として認められると、学術研究として個人情報保護法の適用除外規定にあたり研究が可能となります。弊社の場合は「医療・介護・健康データの利活用基盤高度化事業」に採択され、総務省の委託研究として進めています。

また、経済産業省ともに、ウェアラブル端末の開発を進めています。ウェアラブル端末を国民に配布する際、どのようなマネタイズ方法が考えられるのか、現行の制度で利用できるものは何か。医療データを用いたビジネスモデルを構築するのが私たちの仕事です。

ここまでお話してきたように、いまでは行政の施策とともに医療のネットワーク化に向けた動きが広がってきています。医療の現場でインターネットをつなぐことが当たり前な時代がすぐそこまでやってきているのです。

医療のネットワーク化が進めば、医療での起業も増えてくることが予想されます。しかし、医療での起業は、マネタイズが非常に難しいと言わざるを得ません。製品開発からマネタイズまで、資金繰りが苦しい期間のことを「死の谷」と呼びますが、医療機器はその期間が平均して8年と非常に長い。世界中の医療ベンチャーにとって、マネタイズは課題の1つですね。

坂野:しかし最近では、アメリカを中心に医療領域のM&Aが増えてきています。多くのデータを持っている会社が買収するという形で、技術が認められれば、早期に売却できる状況が醸成されつつあるのです。また、売却金額の平均額が340億円。他の日本国内のIT企業が平均2-3億と言われていますから、「死の谷」を超えてある程度の技術が確保できれば、大規模なイグジットが期待できるのです。

繰り返しになりますが、今回皆さんには、医者じゃなくても医療ビジネスができるということを知っていただければと思っています。市場は大きく、ネットワーク化におけるビジネスの拡張性は無限にある。起業家でも、大手の新規事業でも、新しい医療の担い手が生まれてきてほしいと願っています。

坂野 哲平Teppei Sakano

株式会社アルム 代表取締役

株式会社アルム、創設者及びCEO。2001年早稲田大学理工学部卒業と同時にスキルアップジャパン(株)を設立し、動画配信プラットフォーム事業に従事。動画配信事業の売却を機に医療ICT事業への本格参入を行い、2015年に(株)アルム(Allm Inc.)に商号変更した。社名Allmは、"For All Medical"や"For All Mankind"に由来する。医療機器ソフトウエアの開発から販売までを手がけ、米国、南米、欧州等に海外進出も行っている。同社の医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」は、日本初の保険適用ソフトウエアとなった。