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乳がん検診は、女性の「知る権利」を侵害している–––“寝るだけ”で乳がんを検知する「リングエコー」開発者・Lily MedTech東志保氏

早期発見さえできれば治癒可能にも関わらず、世界的に見ても日本人女性の検診受診率が低い「乳がん」。働く世代がかかりやすいため、全てのがんの中で経済損失が最も大きいとも言われています。

受診率が低い背景にあるのは、従来の乳がん検査のもつ痛みや被ばくリスク、そして不確実性。そんな乳がん検査において、革新的な医療機器が生まれようとしています。東京大学発ベンチャーの株式会社Lily MedTechが開発する「リングエコー」です。超音波を用い、乳房を3D解析するこの機器は、身体へのリスクも小さく、「寝るだけ」で計測可能となる簡便性から、業界で注目を集めています。

本記事では、同社CEOの東志保氏にインタビュー。医療者や超音波研究者でも、そして経営経験もなかった東氏がなぜ「リングエコー」での起業に踏み切ったのか、女性の身体を守る“救世主”が生まれるまでの背景を追いました。
 ■目次


「寝そべるだけ」で乳がんリスクを検査可能

株式会社Lily MedTech 代表取締役 東志保氏
株式会社Lily MedTech 代表取締役 東志保氏

–––まずは、御社が開発している「リングエコー」について、教えていただけますでしょうか。

東志保(以下、東):リングエコーは、超音波を用いた乳房の画像診断装置です。ベッドの一部に穴が空いており、女性はうつ伏せになり、穴のなかに乳房を入れるだけで乳がんのリスク情報が取得できます。

リングエコー

–––従来の乳がん検査方法と比較して、どのような点に特徴があるのでしょうか。

:現在主流となっている乳がん検査は、X線を照射して診断するマンモグラフィーや、超音波装置を聴診器のように当てる診断方法です。しかし、マンモグラフィーはX線による被ばくの危険性があり、診断の確度もあまり高くありません。また、装置が胸を圧迫するため、痛みを感じる女性も多くいる検査方法です。

もう1つの超音波装置による検査は、非常に高度なスキルが求められます。現在、検査の需要に対して、超音波装置を十分に扱える技師が圧倒的に足りていない現状があります。また、柔らかい乳房を人の手で押さえつけてデータを取得するため、観測地点にどうしても誤差が生じてしまい、再現性が非常に低い手法でした。

–––「安全で正確」な検査方法が、確立されていなかったんですね。

:はい。その点リングエコーは、超音波を用いており、被ばくへのリスクはありません。さらに乳房を3Dスキャンするため、形状を変えずに測定ができ、再現性の高いデータを取得することができます。また、ボタン操作で撮像が完了するため、医師や技師のスキルに依存することもありません。

リングエコーによって、乳がん検診が抱える「精度管理」と「人的リソース不足」の問題を、一気に解決できるのではないかと期待しています。また、現在は読影を人が担っていますが、いずれはAIによって画像診断を支援できるよう、開発を進めているところです。

医療者ではなく、経営経験もなし。それでも医療機器メーカーの経営者になった理由

–––東さんは、もともと医療の専門家ではないとお聞きしました。なぜ「リングエコー」の開発に取り組もうと思ったのでしょうか?

:大学から大学院時代の専門分野は航空宇宙工学で、主な研究テーマは「電磁波・プラズマを利用したロケットエンジン」でした。会社を設立する前も、計測機器メーカーの開発員として核磁気共鳴装置の開発に従事していました。そんな折、医用超音波の研究者である夫がリングエコーの研究を開始し、また世界の研究状況を私に紹介してくれたのです。

夫が応用している技術は、「物体を360度、超音波送受信機で取り囲むことで、影や干渉の影響を抑えて視認性良く、かつこれまで捉えることのできなかった物理量を可視化できる」というもの。これまで、超音波検査では超音波の反射波を使用して画像化していましたが、周囲を取り囲むことで、透過波を使用して従来の方式では撮れない物理量の取得が可能であることがわかっていました。その技術は40年前に一度、アメリカのメイヨークリニックで話題になったものの、データ量が膨大で解析に時間がかかることから実用化が難しいとされていたものでした。

しかし、GPU(画像処理装置)も安価になり、高速演算処理もできるようになってきた今、実用化に向けて動けるのではないか。そう感じ、私が着目したのが乳がん検診への応用です。先述したように、乳がん検診にはまだ大きく課題があったうえに、乳房には骨や空気など超音波を強く散乱させる「散乱体」がなく、この技術を応用しやすかった。ニーズが確実にあり、ポテンシャルもあると感じ、夫と共に開発をはじめたんです。

–––「勝ち筋」がある程度見えたとはいえ、専門ではない領域で起業することに、戸惑いを感じてしまうのかなと思ってしまうのですが…。

:最初は私自身が経営者になることまでは考えていなかったんです。技術のポテンシャルがあると感じたため、まずは会社を辞めて、夫の勤務先である東京大学のプロジェクトのいちメンバーとして参画しただけでした。そこからどう会社化するかを決めたかった。そんななか、自分でやろうと思った2つのきっかけがありました。

まずは、夫の「乳がんの問題を解決するための一つの手段として、この技術を使うべきで、技術開発自体が目的ではない」という強い想いです。シリコンバレーだと、医療機器開発はM&Aしてエグジットするのが一般的。リングエコーも、技術開発を頑張ればその道はあるだろうと思っていました。でも、本気で乳がん問題に向き合って世界を変えていこうと思ったら、その強いマインドをもつ人たち、つまり私たち自身がやるべきだろうと。もう一つは、とある医師の言葉が、背中を押してくれました。

–––どのような言葉だったのでしょうか。

:「マンモグラフィーで見えていないものを、『問題ない』と言っているのが現在の医療。それは、女性の“知る権利”を侵害している。知らないうちに病が進行していて、気付いたときには手遅れになってしまう人が一定数いる」という言葉でした。

私自身、高校生のときに母を脳のがんで亡くしており、手を尽くしても助からない命があることを実感していました。でも、乳がんは早期発見できれば必ず治る病気です。多くの人を救う医療機器を開発したいと強く感じ、突き動かされました。

–––経営も初めてだったと思いますが、起業に不安は無かったのでしょうか。

:前職で念願の開発職に就いたこともあり、まずこのプロジェクトメンバーに入るときが一番、後悔しないかどうか葛藤しましたね。医療となると領域も異なりますし、「始めてしまったらもう戻れない」と覚悟して、技術やニーズ、市場調査など、納得するまで細かく調査をしました。

最後に後押ししてくれたのは、私のビジョンに共感して最初に投資してくれた、Beyond Next Venturesの伊藤毅さんでした。「医師でも、経営経験があるわけでも、さらに超音波の研究者でもない私が経営をして、本当に大丈夫か?」と投げかけたら、「経営に一番必要なのはパッション。なぜやるのか、その情熱さえあれば、人も助けてくれる」と励ましてくれたんです。

–––会社のメンバーはどのように集めたのでしょうか。

:弊社は「東大発ベンチャー」ということを強みに、東大の学生さんにアルバイトやインターンとして来てもらい、気に入ったらそのまま残ってもらっています。割と人が人を呼んで入ってきてくれていますね。先進性で興味をもってくださったり、女性の場合は課題に共感してくださったり。ただ、超音波診断装置の電気設計に慣れている方とかはあまり見つからないので、R&Dのところは今でも割と苦労しています。

乳がん検査をもっと気軽に。リングエコーが目指す未来

–––リングエコーの開発過程で、苦労したのはどのような点でしょうか?

:これまでにない機器を開発しているがゆえに、アウトプットのイメージを共有することに苦労しました。完成形をイメージできているのは私とCTOだけなので、技術開発メンバーに仕様を言語化して伝え、指針を示さなければいけません。ただ単に「作ってください」だけでは、従来と同じようなものが生まれてきてしまいますから。

–––医療機器だと薬機承認もあったり、医療分野の中でも時間もお金もかかってハードな領域だと思います。

:規制の厳しさは感じますね。ただ、リングエコーは医療機器といっても侵襲性が高いものではないので、やることをきちんとやれば医療機器として承認されると信じています。

それよりも、規制の厳しさに起因する「医療」への心理的ハードルが、私たちが超えなければいけない壁だと感じています。もし医療機器としての承認を得たとしても、「医療」への抵抗から、検診を受けに来ない人が多ければ意味がありません。乳がん検診をカジュアルに、安心して受けられることを訴求していかなければならないと感じています。

一人でも多くの女性のもとに「安全で正確」な乳がん検査を届けられるよう、まずは医療機器としての承認を得られるよう進め、2年以内には医療機器として使用されることを目指しています。

–––リングエコーが患者さんのもとに届く日が待ち遠しいですね…!ちなみに、臨床研究での患者さんの反応はどのようなものがありますか?

:やはり、マンモグラフィーなどに比べると寝ているだけで検査が終わるので、「簡単に終わっていい」という声や、「これだけで終わりですか?」と驚かれる方もいますね。一方で、横になりながらも、体勢維持のために首が疲れてしまったり、胸部に圧迫感を覚える方もいらっしゃったので、そこは今後の改善点にしています。

–––最後に、今後の展望を教えてください。

:乳がんへの関心は高まりつつも、痛みや忙しさ、恥ずかしさのために、多くの女性が検査に向かわない現状があります。中でも日本人女性の検診受診率は世界的に見ても低く、40〜60代の罹患率が高い傾向にあるんです。

まずは国内で、これまで検査に向かわなかった働く世代である30〜40代の女性に対して、乳がんの早期発見を呼びかけていきたいです。「怖くない、痛くない、恥ずかしくない、それでいて正確な検査方法が確立された」と多くの方に認知してもらうことが、最初のステップですね。

また、海外展開も視野に入れています。現在、世界のスタンダードはマンモグラフィーですが、FDA(アメリカ食品医薬品局)がマンモグラフィーでは見えにくい乳腺が発達した女性に「乳がんになりやすくマンモグラフィーで見えにくい」と通達することを義務付けるほど、課題が明らかになっている現状にあります。乳がんの検査方法は日本だけでなく、世界全体の課題でもあるんです。加えて医師や技師の足りていない新興国でもバリューを発揮できるのではないかと期待しています。

東 志保Shiho Azuma

株式会社Lily MedTech 代表取締役

電気通信大学卒業、アリゾナ大学修了、総合研究大学院大学博士課程中退。 2006年、日立製作所中央研究所ライフサイエンスセンターで医療超音波の研究に従事。2013年、JEOL RESONANCE 入社。2016 年5月にLily MedTech を創業し、代表取締役に就任。