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おむつを開けずに排泄チェックができる。介護者の負担を減らす「Helppad」とは––– 株式会社aba・宇井吉美氏

2019.09.03

Text By
半蔵門太郎
Edit By
小池真幸
Photos By
岡島たくみ
高齢化社会の訪れとともに、重要度を増していく「介護」。近年では介護現場の人材難や、介護職の賃金の低さが社会問題となっていますが、いまだにクリティカルな解決策は見つかっていません。

そんななか、「排泄ケア」の領域にテクノロジーでメスを入れようとしているのが、千葉県船橋市にオフィスを構える株式会社abaです。同社は、ベッドに敷くだけで排泄物を検知し、おむつ交換のタイミングを通知する「Helppad」を研究、開発する介護ベンチャー。2019年4月には約3.3億円の資金調達を実施し、開発を促進していくことを発表しました。

本記事では、代表の宇井吉美さんにインタビュー。「介護の未来」を担う先駆者に、起業の経緯から開発での苦労、介護現場での問題点など、広範に話を伺いました。
 ■目次


おむつを開けずにチェックができる「シート型」の排泄センサー

–––まず、貴社が開発している「Helppad」について教えてください。

宇井吉美(以下、宇井):弊社は、ベッドにシートを敷くだけで尿や便を検知する排泄センサー「Helppad」の開発、販売を行なっています。

株式会社aba 代表取締役 宇井吉美氏
株式会社aba 代表取締役 宇井吉美氏

宇井:介護現場では、要介護者の排泄を確認するために、介護者はわざわざおむつを開けて、中身をチェックする必要があります。しかし、「Helppad」はにおいセンサーによって排泄物を検知し、おむつ交換のタイミングを通知可能。排泄管理の人的リソースが改善できることに加え、おむつ交換が遅れることによる不快感を無くし、ケアのクオリティ向上に寄与したいと思っています。

–––現在、介護用ベッドの国内シェア1位を誇るパラマウンドベッドと協業していると聞きました。

宇井:はい。パラマウントベッドさんとは、日経ビジネスで弊社が紹介された際、その記事を見てご連絡をいただいたことをきっかけに、協業させていただいています。彼らもベッド屋さんとして、ニーズのある「排泄検知」に取り組みたいと思っていたようで、協業を持ちかけていただきました。

–––ウェアラブルなど、センサーにはさまざまな形態がありますが、なぜabaでは「シート型」のデバイス開発に至ったのでしょうか?

宇井:開発にあたり、介護職の人びとから2つのリクエストをもらっていました。1つは、高齢者の多くが機械を体につけるのを嫌っているので、その点を踏まえること。2つ目が、尿と便の“両方”を検知するセンサーであること。

実は当時から、排泄センサー自体は存在していたのですが、多くはおむつ内部にセンサーを内蔵し、水分に反応する「濡れセンサー」でした。しかし、おむつに設置する手間がかかることに加え、尿には反応するものの便には反応できないなど、介護現場のニーズは満たしきれていなかったんです。

そこで、2つの条件を満たすものとして思いついたのが、「シート型の臭いセンサー」でした。調べてみると、「掛け布団型の臭いセンサー」や、「空気を吸引することで排泄物を検知するセンサー」など、臭いで尿や便を検知する技術は論文や特許で出ていました。でも、実用化には至っていなかったんですね。

Helppad
ベッドに敷くだけで臭いで排泄を検知する「Helppad」

–––なぜ、技術があるにも関わらず実用化できてなかったのでしょうか?

宇井:あくまで推測ですが、介護現場との関係構築が十分に進んでいなかったからなのではないかと思います。介護の現場でテクノロジーを実装していくためには、介護現場との関係構築が必要不可欠です。ましてや、排泄を研究するということは、人間の尊厳や倫理面に関わる点を扱うということ。施設の人からすると、部外者にデータを開示するのは勇気が必要なことだったのではないでしょうか。

–––その点、御社ではどのように介護施設の方々と関係を構築していったのでしょうか。

宇井:現在「Helppad」の実験をさせていただいている船橋市のさわやか苑では、始めの頃は製品テストを行う夜の時間帯に、私たちも実験者として夜勤に同行させていただいていました。夜勤をしながら、職員の方々といろんなお話をさせていただきながら、関係を築けていったと思います。データを取り、PDCAを繰り返すためにも、オフィスから近い場所の施設に協力いただけたのは、非常に大きかったと思っています。

元々は起業した直後に、介護現場のことを知るために文京区の施設で3年くらい、土日中心に介護スタッフとして働かせていただいたこともあります。夜勤も1年くらいやって、職員の方々の大変さは身に染みて感じましたし、そこでの現場感覚が今に活きていると思います。

「現場を失望させたくない」。介護への想いから、学生起業を決断

株式会社aba 代表取締役 宇井吉美氏

–––宇井さんが起業しようと思ったのは、なぜでしょう?

宇井:最初のきっかけは、中学生のころ。祖母がうつ病になり、実際に介護に携わるなかで、当事者の「家族の過酷さ」を知ったんです。子供ながらも、病気の人が家庭にいるだけで、家族全員がメンタルを消耗していたことを感じていました。これを仕事としている介護職の方々や、いわゆる身体介護も行なっている在宅介護者は、もっと消耗していると思うと、「人以外の何か」で介護の負担を和らげられるようになりたいと思うようになりました。

–––大学は千葉工業大学に進学されていますが、「介護に携わる仕事」というビジョンのもとの選択だったのでしょうか?

宇井:高校時代、進路に関してリサーチしていくなかで、現在、弊社の技術顧問を務めていただいている富山健先生の存在を知ったんです。国内でロボットの研究をしている大学は数多くありますが、メンタルのケアまでを考えた「介護」ロボットの研究をしているのは富山先生だけ。「ここならやりたい研究ができそうだ」と感じ、千葉工業大学に進学しました。

–––大学での研究や、そこから起業に至った経緯も教えてください。

宇井:学部1年生の時代から富山先生のもとで、弊社の前身となる「学生プロジェクトaba」を進めていました。現在の「Helppad」のα版を開発し、製品化の話も進んでいたのですが、いざ企業との共同開発を進めようとしたところで、東日本大震災が起きてしまったんです。その影響で、進めていた製品化の話が一気に流れてしまいました。

正直にお話しすると、当時の私は「製品化を果たした」話を使って就職活動をしようと思っていました(笑)。しかし、実際に話が流れてしまうと、自分自身が「製品化したい」想いを強く抱いていることに気づいたんです。

–––「学生時代のいちプロジェクト」として、割り切ることができなかったと。

宇井:おっしゃる通りです。内省を深めるなかで、「abaプロジェクト」には私の実現したいことが2つ含まれていると感じたんです。1つは、中学生のころに抱いた「“人以外の何か”で介護者の負担を減らす」を実現すること。

もう1つが、「現場の期待に応える介護機器を作り上げる」こと。これまで、多くの技術者がヒアリングや実証実験を行ってきたにも関わらず、介護現場を効率化するテクノロジーは、あまり出てきていないのが現状です。現場をこれ以上失望させないためにも、諦めるわけにはいかないと強く思い、製品化に向け、自ら起業することを決めました。

ときには、自分がおむつを履いて。「Helppad」開発秘話に迫る

–––「Helppad」を開発する上で、苦労したのはどのような点でしょうか。

宇井:最初に苦労したのは、センサーの開発です。「Helppad」にはエアコンや空気清浄機用に作られたセンサーを応用しているのですが、“排泄を検知する”ための調整には時間がかかりました。十数種類の臭気を採用し、ときには私や会社のスタッフがおむつを履き、実際に排泄することで、センサーの精度を上げていったんです。

–––スタッフ自らおむつを履いて!

宇井:それでも、テストを続けるなかで、健常者と高齢者で排泄の“センサー波形”が異なることもわかってきて。健常者は一気に波形が上向くので検知しやすいのですが、高齢者は排泄のリズムや量が一様じゃないんです。

また、排泄の検知だけでなく、現場で使いやすいUI/UXを提供するまでにも、試行錯誤を繰り返しました。介護の現場はパートで週に2〜3日の頻度で働きにくるスタッフも多いので、常に触れていなくても使いこなせる直感的なUI/UXが必要不可欠です。

–––たしかに、介護職の方のなかには50〜60代の方々も多いですもんね。

宇井:テクノロジーを扱っていると、最先端の技術を取り入れようとするあまり、現場の声を無視してしまうことがよくあります。一度、介護職のみなさんに「僕たちにはこんな高尚な製品使えないよ」と言われてしまったことがあり、とてもショックを受けたことがありました。使い勝手はもちろんのこと、現場の人々のモチベーションを下げないUI/UX設計は、テクノロジーを実装していくうえでの必須条件だと感じています。

–––ちなみに、今後はどのようなアップデートを考えているのでしょうか。

宇井:現在、一瞬で排泄の状況がわかるようなUIにアップデートしているところです。忙しい介護現場では、タブレットを座って見る時間すら惜しいと感じる方が多く、もっと直感的に排泄の状況がわかるよう、アプリのUI/UXを一新しています。

<リニューアル予定の画面イメージ例>
※今後アップデートされる可能性があります。
Helppad
一覧ページでは、対応が必要な方が一目で分かるように


一人ひとりのページでは、その方の排泄状況をグラフ等で表示

目指すは、介護の「三方よし」

–––今後、御社が「Helppad」で達成したいミッションは何でしょう?

宇井:目指していきたいのが、〈要介護者・介護者・施設経営者〉にとってメリットがあり、必要とされる「三方よし」の商品です。これまでで、すでに要介護者・介護者にとっていい製品にはできてきたと思うので、今後は特に施設経営者にとってメリットを見いだせる製品でありたいと思っています。

「排泄介助」は入職を妨げる原因にもなってしまうほど、好きではない介護職の方が多く、施設経営者にとって悩みの種でもありました。離職率についても、現在介護職が3年以内に離職する確率は70%以上あり、深刻な問題となっています。「Helppad」で排泄ケアを簡便化することで、ケアのクオリティ向上だけでなく、現場の人材難の解消にも寄与できるといいなと思っています。

–––「Helppad」、さまざまな施設で広がっていきそうですね。最後に、今後の展望を教えてください。

宇井:研究を進めるなかで、排泄のパターンを知ると1日の生活リズムを整えられることがわかってきています。今後は、「Helppad」でデータを集めながら、排泄を基軸に食事や運動のタイミングを調整する、新しい「高齢者の生活支援システム」を構築していけるのではないかと考えています。

また、引き続き取り組んでいきたいのは、人材難を含めた介護業界の「負」の解消。高齢化が加速するなかで、「Helppad」を施設だけでなく、居宅介護にも使用できるようアップデートを続けていきます。

そもそも介護業界に足を踏み入れたのも、祖母の在宅介護がきっかけでした。わたしは、在宅介護を、「子育て」と同じくらい、誰もが関われるようなハードルの低いものにしていきたいと思っています。介護のために仕事をやめ、一生モノの知識を身に付けるのも一つの生き方ですが、要介護者がそばにいるときだけ支援システムを使って介護をするような、そんな手軽なものにしていきたいですね。

宇井 吉美Yoshimi Ui

株式会社aba 代表取締役

千葉工業大学大学院 工学研究科工学専攻 博士後期課程 修了。2011年、在学中に株式会社abaを設立し、代表取締役に就任。においセンサで排泄を検知する「排泄センサHelppad(ヘルプパッド)」の製品化に向け、 資金調達や事業戦略の策定・実行を行いながら、自らも開発者の一員として開発に携わり、今日に至る。

主な受賞履歴
・2018年7月 船橋市平成30年度ものづくりグランプリ認定
・2018年4月 株式会社三菱UFJフィナンシャルグループ 第5回 MUFGビジネスサポート・プログラム『Rise UpFesta』ソーシャルビジネス部門 最優秀賞