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Watson(ワトソン)がもたらす医療業界のパラダイムシフト【IBM・金子達哉氏】|イベントレポート

2017.06.05 9:20

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長谷川リョー

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RHS2 人工知能(AI)
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「AI×医療の”今”をつかみ”未来”をつくる」をテーマに2016年9月に行われた「Realtime Healthtech Seminar vol.2」。本記事では、金子達哉氏(日本アイ・ビー・エム株式会社 グローバル・ビジネス・サービス事業 ヘルスケア&ライフサイエンス事業部 パートナー事業部長)による「IBM Watsonのコグニティブの力で医療は新しい世界へ」と題された講演の内容を再構成してお届けします。

昨年、IBMのWatsonが白血病の難症例患者の正しいタイプをものの10分で見抜き、患者の命を救ったというニュースが大きく報じられました。AIの力で医療業界の変革に挑む、日本IBMの金子氏がヘルスケア・ライフサイエンス領域におけるWatsonの成果と今後の取り組みについて語ります。

AIにまつわるいくつかの数字と種類

今日は「Watsonのコグニティブの力で医療は新しい世界へ」というトピックで、アメリカと日本の事例を交えながらお話させていただきます。


(本記事内のスライド資料の権利はすべて日本アイ・ビー・エム株式会社に帰属)

上記に挙げた数字はいずれもAIにまつわるものです。

真ん中の「120」。これは1日あたり配信されているAI×医療、ヘルスケア関連のニュースの数です。次に「49」という数字は、賛否両論がありますが、人工知能もしくはロボットによって代替されると予測されている仕事の割合。当然これは引き算をベースに算出された数値で、人工知能によって増える仕事ももちろんあると思われますが、いまの状況で考えると49%の仕事がAIによってリプレイスされると見られています。「42」はAIの市場規模が2015年から2021年にかけて成長すると見込まれている数値です。「7」はアメリカにおいて人工知能への投資額が5年前に比べて7倍になったことを示しています。最後は手前味噌になってしまいますが、IBMはAIに関する米国特許数で23年連続一位を取っています。

さて、こうした数字を頭の片隅に置いた上で話を進めていきます。一口に「人工知能(AI)」と言っても、様々な種類のものがあることはご承知の通りです。

もともとワトソンは「自然言語」にフォーカスをするものとして、世に出されました。昨今IBMのフォーカスは二つ目の「画像」あるいは「音声」に移っています。そしてIBMのコグニティブIoTにより、ホンダの事例に代表されるように、車などの「制御」にもAIが活用されています。あるいはチェスチャンピオンとの対決に使われているような「最適化を推論」で導くAIがあります。

主にこの5つが代表的なAIとして挙げられるのではないでしょうか。

ライフサイエンスにおけるワトソン:「WDD」と「WPS」

経営者の方とお会いすると、「ワトソンは他社のAIとどう違うのか?」という質問を受けることが多くあります。機能軸には大差ないかもしれませんが、金融、自動車、ヘルスケア・ライフサイエンスといった主要インダストリーごとにソリューションを作っていくことが我々の一番の差別化領域だというように考えています。

上記のリストは、ヘルスケア・ライフサイエンス領域において、日本もしくはアメリカで提供可能な主要サービスです。今回はこの中の「Watson for Drug Discovery(WDD)」と「Watson for Patient Safety(WPS)」について、少しどんなものかをご説明します。

まずWatson Drug Discovery(WDD)は、25万程度の学術論文をはじめとして、化合物、遺伝子、特許、FDAの添付文書などの情報を読み込ませたものです。これは一人の人間では、バイアスを持たずに事実だけをピックアップして全体を理解することが不可能なデータ量であると言えるでしょう。

WDDではこれらを学習し、創薬につながるような探索や疾病関連遺伝子のネットワークの分析などを行います。さらには論文に書かれていないところにも関係性があるのではないかということを推理し、導き出すことが可能です。有名なところではリン酸化酵素の発見に至った例がありますが、創薬の分野で実際に有益な成果を挙げています。

続いて、「Watson Patient Safety(WPS)」。医療の高度化とそれに伴う薬剤の老化、作用の複雑化によって副作用報告が年々増えていることは皆さんご存知のことかと思います。規制が厳しくなったり、SNSのような新しいコミュニケーション関係ができていくにつれて、安全性担保は重要な事柄の一つです。

そこでわれわれはコグニティブ・アナリティクスを安全性情報にも適用するように努めています。主要な機能をいくつか挙げますと、自発安全性方向により必要な情報をワトソンが読み解くというものがあります。抽出を行うことで副作用のなかの中毒度を判断し、報告までのリスクを革新的に短くする。これによって現在のマニュアル作業がなくなります。それによって専門家は、PV(安全性情報管理)業務からより製薬的な作業に時間を使っていただけるようになるのです。

医療業界で成果を挙げつつあるワトソン活用事例

ここからはアメリカや日本におけるAIを使ったプロジェクト事例をいくつかご紹介します。

まずは上記の左下にある「メモリアル・スローン・ケタリング」。患者さんの個別の症状に応じたがん治療を実現するため、ワトソンを活用したソリューションで、50万件以上の医学研究結果と医学専門誌200万ページ分のテキストに基づいてがん専門医の診断をサポートしています。

真ん中の「メイヨー・クリニック」は同様にワトソンテクノロジーを用い、治療に必要となる関連する臨床属性を特定し、迅速に患者の適格性を判断するというものです。

続いて画像分析の事例をご紹介します。

上記スライドは皮膚ガンの前段階であるメラノーマと単なるシミを並置させた画像です。IBMはワトソンを用いた画像分析によって皮膚ガンの早期発見技術を開発したことを発表しました。この技術を使い3,000枚の画像をスキャンしたところ、95%の精度でメラノーマとシミの判別ができるようになっています。

一方で、人間が行う場合の精度は大体75〜84%と言われています。どうしても人間が肉眼で診断を行う方法は経験に依拠してしまう部分が拭えません。ワトソンの場合は主観や経験によらず、一定の確からしさに基づいて判断を行うことが可能です。

NHKでも放送されたのでご覧になられた方も多いかもしれませんが、日本でも東京大学医科学研究所との、がんの最適治療法を人工知能で算出する研究の事例があります。北米以外の医療機関では初めてWatson Genomic Analysisが利用されたケースです。がんの個別化医療を加速化させるきっかけになるプロジェクトになっています。

こちらのストーリーもご存知の方が多いかもしれません。ある60代の女性が血液がんの一種である急性骨髄性白血病と診断されました。抗がん剤治療を半年続けたにも関わらず、回復が思わしくない。そこでワトソンを使って原因を突き止めることになりました。プレスではそれがものの10分で突き止められたという話がありましたが、抗がん剤を別のものに変えるセカンドオピニオンとしてワトソンが提案しました。その結果、女性は数ヶ月で回復、退院。現在は通院治療を続けていらっしゃいます。

今後の重点テーマは「画像解析」と「ゲノム解析」

ここからは少し毛色の異なる話をさせていただきます。日本IBM、藤田衛生大学、第一生命の三者が共同で行った糖尿病にフォーカスしたプロジェクト事例です。

電子カルテのデータから糖尿病患者の症状、生活習慣、治療プロセスなどの違いによって重篤化するリスクを解析予測し、その後の包括的な治療や合併症などが出ないようなリスク分析を出します。

こちらは厚生労働省の研究事業として、日本IBMのチームが取り組んでいるプロジェクトです。

10億円規模のナショナルデータをソースに、地域別の医師の生産性や主要疾患の将来の発症予測、あとは適正病床の予測を通じて医療需要を推定。それに合わせた最適なリソース配分をシミュレーションで出すといったプロジェクトになっています。

今後は自治体の医療・介護・福祉のリソース配分に使われたり、病院の経営にも役立てていただけるプロジェクトです。

今後の重点テーマですが、大きな軸のうち一つは「画像分析」です。日本には現在2,000名弱しか病理医がいないにも関わらず、年間2,000万件の病理診断を処理しなければならない現状です。

その一方でMRIのような処理画像は今後も増えていくことが見込まれているため、需要供給が非常にアンバランス。こうしたところに我々のコグニティブ・ソリューションが役に立てるのではないかと考えており、画像解析に関しては投資を積極的に行っています。

そしてもう一つは「ゲノム解析」です。近年増え続けているゲノムデータを臨床データなどその他のデータに組みわせることにより、リアル世界のデータ解析が実現されるのではないかと考え、二つ目の柱に据えています。

Genesis Healthcare社とアライアンスを組んだことで、47万人の遺伝子解析情報をIBMのコグニティブ・ソリューションとつなげることが可能になりました。我々のストラテジックパートナーであるAppleを交えた三者で大きな可能性を秘めたソリューションを提供していけるのではないかと考えています。

今後は未来価値を創造するオープンなプラットフォームを構築していきたいと考えています。医療に限らず、健康・予防、介護といった垣根を取り払ったプラットフォームです。そうしたプラットフォームを構築しつつ、今後もヘルスケア・ライフサイエンス領域でソリューションを提供し、貢献していきたいと考えています。

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金子 達哉Tatsuya Kaneko

日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
ヘルスケア&ライフサイエンス事業部 パートナー事業部長

米国の大学で経営学・会計学の学士を取得後、国内、海外を合わせ多くの製薬企業対象のプロジェクトを実施。ライフサイエンス・製薬事業部責任者としてコンサルティング、システム構築、システム保守サービス3部門の統括責任を2007年からつとめ、2016年4月よりヘルスケア事業部とライフサイエンス事業部が統合されヘルスケア・ライフサイエンス事業の統括責任者として現在に至る。

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