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【第5回】米国ヘルステック興隆の環境要因と展望

2017.09.14 16:30

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淺野 正太郎

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Health 2.0 法制度 海外
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2017年12月5-6日に開催予定の「Health 2.0 Asia – Japan 2017」。日本開催第3回目となる今年は「Platform Arises」と題して国内外の先進事例を多数取り上げます。本連載は、当日の参加者ならびにヘルステックに関心を寄せる方々に向けて、「米国市場から学ぶヘルステックの“今”と“未来”」と題した連載を毎週お届けします。

これまで、遠隔診療や治療アプリなど、幾つかの切り口で米国ヘルステックの動向をご紹介させて頂きました(連載一覧はこちら)。今回は、なぜ米国でこれほどまでにヘルステックのスタートアップと投資件数が増えたかについて、その背景にある環境要因、そして今後の展望についてお伝えします。

米国でヘルステック台頭の呼び水となった規制改革


(出典:https://www.cbinsights.com/research/digital-health-startup-funding/

上記のチャートをご覧頂くと、2014年に大きく投資額が増えたことがわかります。2014年は、ヘルスケアに限らずシリコンバレーを中心にベンチャー投資全体が大きく膨れた年でした。
※ちなみに、上記チャートはグローバルと表記されていますが、数字の大部分が米国となります。

ヘルステックもその波に乗り巨額資金を集め始めたわけですが、この数年前にいくつかの注目すべきポイントが重なっています。特に大きな影響を与えたのが「オバマケア」と「技術革新」です。具体的には、「2007年のiPhoneの登場」「2009年のHITECH法」「2009年のAmazon Web ServiceによるHIPAA対応」「2010年のACA成立」ではないでしょうか。

米国のヘルスケア関連の規制改革については、すでに様々な専門家が解説されているテーマですが、簡単に触れます。以下の2つが整備されたことが大きかったと思います。

1つ目は、2009年に整備された「Health Information Technology for Economic and Clinical Health Act(以下、HITECH法)」です。

これは、医療機関への電子カルテ導入が半ば強制的に進められたと言ってもよい補助金プログラムです。細かくマイルストーンが設定されているものなのですが、端的には「電子カルテを導入すると金銭的インセンティブを与え、しないと金銭的ペナルティを課す」というもので、総額250億ドルの支援が予算化されました。

これにより電子カルテ普及率が拡大し、現在は9割を越えるに至っています(参照サイト)。この追い風を最もうまくキャッチしたスタートアップが、クラウド電子カルテを2005年から作っていた「Practice Fusion」です。


(出典:https://www.practicefusion.com/signup/

同社は、この2009年のHITECH法を契機に、「電子カルテを表示する画面に広告バナーが表示される代わりに無料」というビジネスモデルに舵を切った経緯があります。個人開業の診療所を中心に2009年から急拡大しました。広告主は主に製薬会社です。この領域では抜きん出た存在感のある企業ですが、一定の普及が成されてしまった現在、以前ほどの成長性はなくなってしまったようにも見えます。

2つ目は、2010年の「Patient Protection and Affordable Care Act(以下ACA)」。言わずと知れた、米国に皆保険制度を持ち込もうという大きな規制改革です。

特に注目したいのは、これにより「Accountable Care Organization(以下、ACO)」という償還制度が開始されたことの影響です。多くの医療機関や民間医療保険グループが、従来の「出来高払い」型から、アウトカムをより重視した医療経営にシフトすることとなりました。

ACOの日本語の解説についてはこちらのスライドを、ACOの最近の振り返りについては英語ですがこちらの記事を参照下さい。総括としては、医療費を減らし、かつ医療の質を上げることに成功していると評価されています。

この改革は、大手病院グループのヘルステックへの関心を引き上げ、スタートアップに様々な市場機会を提供することとなりました。多くの医療機関にて「コスト改善」と「質の向上」の両立を目指したヘルステックの試験的な利用や、投資が活発に行われています。すでにご紹介している遠隔診療もその一つです。

また大手病院グループがベンチャーキャピタル子会社を持ち、スタートアップへの投資・支援をしていくことも珍しくありません。Kaiser PermanenteMayo ClinicCleveland Clinicは、それぞれ投資機能をもち、既にかなりの投資件数・実績を誇っています。

ヘルステックの台頭を支えた技術

今週、iPhone 8およびiPhone Xの発表がありましたが、最初に登場したのは10年前の2007年1月でした。iPhoneを始めとする「スマホ」の登場により、2015年時点でヘルスケア・メディカル領域のみで16.5万アプリがユーザーの手に届くようになりました(参照記事)。

米国ではもともと、高額な医療保険の金額を背景に「不調・病気を予防したい(情報を知りたい)」「良い医療機関の情報を集めたい」というニーズがあります。アプリ開発という少ない原資で、特にイニシャルのマーケティング費用をかけずサービス提供が開始できるようになった中で、こうしたエンドユーザーのニーズに応える形でアプリ普及が進みました。


(出典:https://venturescannerinsights.wordpress.com/tag/digital-health-startups/

ちなみに、上の図ではカテゴリーごとの主要スタートアップの創業年の平均を取って並べていますが、ヘルステック黎明期からOnline Health Destination Sites(オンライン上の医療情報提供サービス)がこうしたニーズに答えてきた歴史があります。

スマホの登場に加えて、もう一つヘルステックの台頭を技術的に支えたのは、「Amazon Web Service(以下AWS)」が2009年のHITECH法の成立時に早々に「Health Insurance Portability and Accountability Act(以下、HIPAA)」に準拠したサービスをリリースしたことです。HIPAAは、1996年からある「個人情報保護×医療」を扱う法律です。詳細はこちらを参照ください。

あまり語られていないように思いますが、ヘルステック台頭の背景にはクラウドサーバーで医療関連の個人情報を扱えるようになったことが大きな影響を与えました。これによりヘルステックの領域でも、イニシャルの固定費を低く押さえて事業開発とリリースができるようになりました。

このようにしてヘルステックの創業数は年々増え続け、産業全体の変革を促すに至りました。

米国ヘルステック規制のさらなる進化とイノベーション

以上のような文脈の上に、前回の治療アプリの話題でも触れたように、FDAはヘルステックを「医療機器ではないもの」「都度、判断が必要なもの」「医療機器として規制するもの」という分類で明示しました。そして現在、FDAはヘルステック領域でのガイドライン整備に関して急速に進化を続けています。

従来の機器の開発プロセスでは、上市後のカスタマーフィードバックを素早くプロダクトに反映させPDCAを高速回転することで質を高めていくという、スタートアップが得意とするiteration(イテレーション)のプロセスが取りにくいという課題がありました。

例えば治療アプリの場合でいえば、ソフトウェアのバージョンアップの都度、FDAへの確認・監査、最悪の場合は治験をやり直すということになり、イノベーションが起きにくい構造になります。

そこで、先月のDigital Health Innovation Action Planでは、Software Precertification Pilot Programという実証実験プログラムの実施方針を出しまた。

これは、あらかじめソフトウェアを作った会社の審査をして認定することで、一定のプロダクト変更の自由を認めるという考え方です。これにより、Digital Therapyサービスを数々手がける「治療アプリ版の製薬会社」のような新たな企業群が誕生するかもしれません。

また、Digital Health Innovation Action Planでは加えて、Clinical Decision Support Software(診療判断支援システム)に関して、2018年の4月を目標に新たなガイダンスを草案し、FDAの「都度、判断が必要」な範囲を無くしていくことを発表しています。医療者が使う電子カルテや各種の医療機器に、AI診断サポート機能が標準装備される日は近いと言えます。引き続き今後の注目分野の一つです。

FDAは上記の他にも、現在のGottlieb長官がNEAという有名ベンチャーキャピタルに長く在籍していた点や、FDAにヘルステック起業家を積極的に採用すると発表している点でも、とても興味深いです。ベンチャーキャピタル業界ではよく耳にしますが、Entrepreneur in residence(EIR)という、組織内に起業家を迎えて有形無形の貢献を狙う制度を政府が行うという発想は、実に米国らしいと思います(参考記事)。

次回は、米国ヘルスケアにおける「ブロックチェーン活用」の動向について取り上げます。

***本連載の過去記事***

【新連載】米国市場に学ぶヘルステックの“今”と“未来”
【第2回】米国「遠隔診療」の今から日本は何を学ぶか
【第3回】“メンタル疾患大国”米国でのメンタルヘルス・スタートアップの今
【第4回】米国で増加する「治療アプリ」

***イベント告知***


詳細・お申込みはこちら<早期割引第2弾は10月29日〆>

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淺野 正太郎Shotaro Asano

Health 2.0 Asia - Japan 2017 マネージャー
日本医療機器開発機構 事業開発ディレクター

一橋大学法学部卒業。リクルートホールディングスにて国内の営業/企画職を経て2012年より海外投資部門に従事。Recruit Strategic PartnerのUS拠点立ち上げ、及びNoom・Fitmob・eWeLL・メドケアといったヘルステックベンチャー投資を担当。現在は日本医療機器開発機構にて医療機器/ヘルステック事業開発に携わる。