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ブロックチェーン技術で描く、医療情報が安全に透明化された社会へのロードマップー国立保健医療科学学院・水島洋氏

「ヘルステック業界で14年間ビジネスをしていますが、未だに『夜明け』は来ていないという実感を持ち続けています」–––メドピア代表・石見陽の課題感から生まれた、ヘルスケア業界においてネットワークを構築できる場を提供し、チャレンジする人の背中を押すイベント「Healthcare Daybreak」。

本記事では、国立保健医療科学院研究情報支援研究センター長・水島洋氏をお招きした「Healthcare Daybreak vol.6」の模様をダイジェストでお届けします。水島氏は、代表理事を務めるITヘルスケア学会内で、2017年に医療ブロックチェーン研究会も立ち上げられています。

国立がんセンターに18年間勤務したのち、東京医科歯科大学でがんのデータ分析を経て現職へ。症例の絶対数が少なく、治療法や薬の開発が遅れているレアディジーズ(希少疾患)の分野で研究を続けるなかで、医療情報を患者が個人管理できない現状への問題意識が芽生えたという水島氏。データベース作成を模索していくうちに、ブロックチェーン技術に可能性を見出したといいます。“インターネット以来の衝撃”とも形容されるブロックチェーン技術は、医療との親和性が高く、医療情報管理において大きな役割を果たすと主張し、その有用性を説かれました。
 ■目次


「データの標準化」と「情報の非対称性の解消」ーーレアディジーズ研究を通じて醸成した問題意識

水島洋(以下、水島):こんにちは、水島と申します。長らくレアディジーズ(希少疾患)の研究を進めていたのですが、症例の少なさから情報の集積が肝だと思うようになり、現在に至るまでデータベース作成に注力してきました。

日本では、患者登録や医療情報の管理は病院や学会ごとに行われています。そのため様式が統一されておらず、情報登録や移行の手続きが煩雑化してしまっている状況を目にし、国主導で標準化される必要があると感じるようになりました。そういった問題意識から、データの粒度や登録法の標準化を目指してガイドラインを作る仕事をしています。

国立保健医療科学院研究情報支援研究センター長・水島洋氏
国立保健医療科学院研究情報支援研究センター長・水島洋氏

水島:データベースやガイドラインを作っていくなかで、国や病院と患者の間にある、情報の非対称性にも課題意識を覚えるようになりました。医療情報を管理する側はそれらを研究に用いることができる一方で、患者側は自分自身のデータを閲覧できず、誰にデータを用いられているのか確認することもできません。自らの医療情報をまったくコントロールできない状況になってしまっているのです。

パーソナル・ヘルス・レコード(PHR / 生涯型電子カルテ)をご存知でしょうか。これはウェアラブル端末などで集めた、日頃の食事・体重などのデータや病歴などを、健康状態に関わらず記録しておくものです。PHRを使えば、罹患した際に健康な状態の数値と比較して病因を特定することができます。

例えば、転院するときにも、以前かかっていた病院で診断されたデータを新しい病院でもそのまま利用できますし、遠隔医療が必要であれば、そのためのデータを転送することもできます。また、患者が治療後に病院側にデータを引き渡す可否を判断できるため、後から病院の対応に不信感を抱いた場合は、出した許可の取り消しも可能です。

このように「データの標準化」と「情報の非対称性の解消」という問題意識を持って仕事をしていくなかで、「ブロックチェーン」に出会いました。日本では仮想通貨に使われる技術としてのイメージが強いですが、実は医療分野において大きな活用可能性をもった技術なのです。

データの消失が起きにくく、改ざんも難しい。データ管理に秀でるブロックチェーンの仕組みと特徴とは

水島:ここからはまず、ブロックチェーン技術の仕組みについて、簡単にご説明します。

ブロックチェーンは、「分散型取引台帳と呼ばれる非中央集権型ネットワーク」です。これだけ聞いても、さっぱり分からないですよね(笑)。わかりやすく言うと、従来のように特定のサーバーに情報を集める中央集権型のネットワークとは異なり、利用者間で情報を共有する仕組みになっており、サーバーが不要なネットワークということです。一定時間ごとに「ブロック」と呼ばれるデータの単位を生成し、鎖のように連結していくことでデータを保管する仕組みになっています。

この仕組みにはデータ管理において大きく2つの利点があげられます。一つは、データが消失しにくいこと。「P2P(Peer to Peer)」という参加者たちがデータを分散して管理する方式のため、一ヶ所の動作が止まっても、システム全体の動作が停止することがないことです。そしてもう一つは、ひとたび台帳に情報が記載されると、改ざんされる可能性が極めて低いことです。なぜなら、ある時点の取引記録を変更する過程でその取引が記録されているブロック以降の全てのブロックを書き換える必要があるからです。

ブロックチェーンの仕組みと特徴について話す水島氏

水島:ブロックチェーンでの情報管理には、難点もあります。まず、ブロックチェーンは複数人でデータを分散して保有するので、大きなデータを共有してしまうとそれだけでかなりの容量が必要となり、通信量も膨大になってしまうことです。よって、画像やゲノムのデータといった、大容量のデータはブロックチェーン上での管理に向きません。しかし、データ自体は従来型のサーバーに保管し、そのサーバー上のデータへのアクセス権限をブロックチェーン上で管理を行えば、容量が大きいデータでも管理可能です。

また、現状では導入にかかるコストが高いことです。なぜなら、ブロックチェーン技術を扱えるエンジニアが不足しており、人件費が高くなってしまうからです。とはいえ、ブロックチェーンへの注目の高まりに伴い、エンジニアの数も徐々に増加していき、次第に解消されていくことでしょう。

ブロックチェーンは、すでに多くの分野で活用されています。データ管理に秀でているので、仮想通貨のような金融面はもちろん、SNSや登記所などでも、いつどういう取り引きが行われたかを記録するために使われています。また、美術作品や宝石の管理、さらには難民の戸籍IDの発行などにも有用だと言われています。

一つの電子カルテに情報を統合。電子国家エストニアに学ぶ、効率的なデータ管理体制

水島:ブロックチェーンにまつわる世間の認知が一気に進み、すでに2017年から技術の国際標準化の活動がはじまっています。「ISO/TC307(ブロックチェーンと電子分散台帳技術に係る専門委員会)」では「ブロックチェーンと電子分散台帳におけるシステム」「アプリケーション、ユーザ間の互換性やデータ交換」にまつわる標準化が行われており、日本もメンバーとしてその輪に加わっています。あらゆる分野でのブロックチェーンの活用方法に関して、どのような形で標準化していくかという議論がなされています。

ブロックチェーンの実用例について話す水島氏

水島:ブロックチェーン活用の先駆者は“電子国家”エストニアです。エストニアはソ連から独立した歴史があり、ソ連時代からIT産業が発達している地域でした。国全体でITを積極的に活用していこうという指針が定められており、納税や投票などを電子操作で済ませられる制度が整っています。また、国勢調査や健康保険なども政府主導でインターネットを経由して行われています。

ここでポイントとなるのが、国民が自由に閲覧できる政府ポータルサイトが非常に充実しており、情報がしっかり開示されていることです。このサイトでは国が自分のデータを閲覧した履歴を自由に確認でき、国民は安心して自分のデータを国に預けることができます。そういった安心を担保する仕組みを基盤として、あらゆる部分での電子化が成り立っているのです。

そして、大きな特徴として、電子カルテが国に一種類しかないことです。日本のように病院ごとにつくられたカルテではないので、どこの病院でも自分の病歴や健康状態をすぐに閲覧できますし、処方箋の発行も電子カルテ経由なので薬局で提示する必要がありません。また、医療だけに閉じずに省庁のシステムともつながっており、例えば運転免許証発行に際して健康診断が必要なときも、試験所から直接システムにアクセスして、運転する上でのチェック項目を確認することも可能です。

医療と親和性の高いブロックチェーン。その効用と、日本での本格導入に向けた課題とは

水島:4万人以上が集う世界最大のヘルスケアITのカンファレンス「HIMSS2017」(2017年2月に米国オ―ランドで開催)において、ブロックチェーンについてのセッションに参加したとき、ブロックチェーン活用において日本が出遅れている現状を目の当たりにしました。

そこで日本でもブロックチェーンの情報を集めて普及させる場が必要だと考え、2017年の夏に、ITヘルスケア学会内で「医療ブロックチェーン研究会」を発足させました。

2017年11月に行われた第一回目の会合では、発足式も兼ねて、現状や国内に設置したテストベッドについて紹介を行いました。その直後にエストニアで医療系のアプリケーションを作成した放射線科医のピーター・ロス氏が訪日する機会があり、第二回の会合では彼に講演を行なってもらいました。その後も主に海外から来る医療ブロックチェーンの関係者が訪日する際には依頼をし、講演会などの普及活動を行っています。

また、自分たちがデモ的につくったアプリケーションを評価し合うことも行っています。災害時に医療情報をバックアップするアプリや、緊急搬送時に医療的ケア児の情報を救急隊員に伝えるアプリなどを作成しており、なかでも透析患者向けの電子透析手帳については実用化に向かっています。

医療情報とブロックチェーンについて語る水島氏

水島:このように、医療とブロックチェーンの親和性は高く、多くのメリットがあります。例えば、医薬品がつくられる過程を監視し、薬品の偽造を防ぐことができます。また、治験データの改ざん防止にも役立ちます。もちろん、私が問題意識を抱いている、患者の個人情報の管理や認証作業などについても、大きな有用性があります。

また、学会では論文になる以前に情報交換が行われており、論文として完成したときには、書かれている内容が時代に追いつけていないことも増えてきました。そういった事態への対策として、プレプリントの状態で論文に関しての認証をブロックチェーンで行う仕組みも開発されています。

しかし、医療分野へのブロックチェーン導入はまだまだ黎明期で、課題も数多くあります。まず、管理者の問題です。管理者の存在と情報の透明性を両立させるための工夫が必要となり、先述したように、アクセス権などのセキュリティ管理に組み合わせるツールについても考慮しなければなりません。

遺伝情報の管理の問題もあります。遺伝情報は患者個人だけではなく、親族にも関係する問題なので、管理ルールを決めるのが難しいのです。エストニアでブロックチェーン導入がうまくいったのは、政府が率先して法律面のバックアップを行ったからです。医療へのブロックチェーン導入のためには、日本国内でブロックチェーンに関する法律をどのように整備するかなど、政府の協力も鍵になってくるでしょう。

水島 洋Hiroshi Mizushima

国立保健医療科学院 研究情報支援研究センター長

1960年、東京都生まれ。東京大学薬学部卒業。薬学博士。国立がんセンター疾病ゲノムセンター室長、東京医科歯科大学オミックス医療情報学講座教授を経て、現在 国立保健医療科学院 研究情報支援研究センター長。ITヘルスケア学会代表など兼務。専門領域はゲノム研究のほか、分子生物学や医療情報学、難病・希少疾患、危機管理・災害医療など。趣味は自転車走行。経歴詳細はこちら(http://hiroshi.mizushima.info/cv.html
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