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医師こそ旧来型のワークスタイルから脱却を。医師の働き方改革に必要な視点とは?

医師の仕事は、臨床、研究、教育だけではない。実現したいことがあれば、起業家の視点を持ち、「0→1」で事業を創造していかなければいけないーー。そんな想いのもと、医師同士での情報交換やネットワークづくりをする場として開催されているイベント「01 Doctor Initiative」。

本記事では、「医師による医師のための働き方改革」をテーマに2018年7月20日に開催されたイベントの様子を、ダイジェストでお届けする。ゲスト登壇者は、テレビやWebメディアへも多数出演している産業医・大室正志氏、合同会社DB-SeeD代表を務める産業医・神田橋宏治氏、若手医師ネットワークや厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」構成員として活動されている臨床医・三島千明氏の3名。イベントは二部構成となっており、前半に3名がそれぞれ講演を行い、後半では講演の内容を踏まえたパネルディスカッションが実施された。

働き方改革の余波は、医療業界にも押し寄せている。従来のような長時間労働の是正が叫ばれる昨今、医師はいかなるスタイルで働けばいいのだろうか。産業医という働き方の魅力から、日本の医療業界の働き方改革の現状と課題まで、さまざまな角度から議論が繰り広げられた。
 ■目次


旧時代的な“礼儀観”が、効率化を妨げる。働き方改革の現状と課題

最初の講演者は、産業医・大室正志氏。誤解されがちな、産業医と臨床医の違いについての説明から始まった。両者は、弁護士と検察官が別物であるのと同様、全くもって別の職業だという。

大室正志氏(以下、大室):みなさんこんにちは、産業医の大室です。よく産業医は「内科ですか?外科ですか?」と訊かれるのですが、その質問は成り立ちません。そもそも産業医と臨床医は全く別の職業なので、産業医には「内科」「外科」といった区分が存在しないんです。

大室正志氏
大室正志氏

大室:産業医と臨床医は、弁護士と検察官くらい別物です。たとえば臨床医は各臓器をそれぞれ別の科が担当しますが、産業医はそれらを「会社の中で起こり得るリスク」としてまとめて扱います。僕が卒業した産業医大では、「会社の合併後に、健康管理センターで最優先に取り組むべき課題は何か」など、臨床医が絶対に扱わないようなトピックでディスカッションしていました。

続いて、産業医として数多くの企業の労働環境改善に取り組む立場から、「働き方改革」の本来の意味を解説された。働き方改革と聞くと長時間労働の是正をイメージすることも多いが、もともとは労働人口減少への対策としてはじまったそうだ。

大室:働き方改革と聞くと、労働時間の削減や残業禁止などをイメージされる方も多いと思います。しかし、もともとは、「社会の少子高齢化が進行するにつれ労働人口が減るので、高齢者や女性の社会進出を推進すべきだ」という意図ではじまった取り組みでした。

そうした中、長時間労働が常態化した従来の働き方では、働ける人が限られてしまう。なので、各々の事情にあわせた形態や労働時間で働けるよう、長時間労働の是正や非正社員の待遇改善、リモートワーク推進などの必要性が叫ばれるようになったのです。

とはいえ、まだまだ働き方改革が成功しているとは言い難いそうだ。テクノロジー活用、高齢者雇用への対応から、旧時代的な「礼儀」の問題まで、まだまだ課題は尽きないという。

大室:働き方の効率化が進まない理由はたくさんあります。その中でも特に最近注目しているのが、旧時代的な「礼儀」が残存している問題。「日本人は礼儀もアップデートできていない。礼儀2.0世代が感じる『相手の時間を奪う』非効率なマナー」という記事が議論を生みましたが、自分の時間を犠牲にし、時間を相手のために使うことを重んじる旧時代的な「礼儀」観よりも、ビデオ会議ツールなどをフルに活用して、「いかに相手の時間を奪わないか」を重視する現代的な「礼儀」観のほうが、働き方改革には相性が良いでしょう。

他にも、複業でいくつもの仕事を掛け持ちしている人への安全配慮義務の扱いや労働時間の管理、ウェアラブルデバイスなどテクノロジーを活用した従業員の健康状態の可視化、増えていく高齢者雇用をどう受け入れていくかなど、まだまだ解決すべき問題は山積しています。


さまざまな産業の実態を見ながら、気ままに働ける。「産業医」という働き方の魅力

2人目の講演者は、大室氏と同じく、気鋭の産業医である神田橋宏治氏。東京大学の数学科を経て大学院まで進みながら、その後医学部に入り医師になった異色の経歴を持つ神田橋氏は、医師のキャリアの選択肢のひとつとして、産業医という仕事の魅力を語ってくれた。産業医の面白さは、「患者」や「生活者」ではなく、「労働者」と接することができる点にあるという。

神田橋宏治氏(以下、神田橋):こんにちは、私は大室氏とは全く違う話をします。大学院まで数学を勉強した後、才能に限界を感じて血液内科の臨床医になりました。その後小さな病院に移って在宅診療に従事するようになり、少し時間にゆとりが生まれたので、前々から興味があった産業医をはじめたんです。

神田橋宏治氏
神田橋宏治氏

神田橋:で、はじめてみるとこれが実に面白い。病院であれば「患者」、在宅診療であれば「生活者」に医療を提供しますが、産業医はそのどちらとも異なる「労働者」と接することができるんです。患者としての姿と、生活者としての姿、労働者としての姿は全然違うんです。それが面白いなと思って始めました。

もう1つ、さまざまな産業の実態を知ることができます。風車メーカーや電力会社など、普通に暮らしていたらあまり接する機会がない業界の方のお話を聞いたり、実際の労働環境を見に行けたりするのは。臨床医では味わえない魅力です。

また、産業医は臨床医と比べて金銭面でもメリットがあり、ゆとりを持って気ままに働けるという。

神田橋:少し下世話な話をすると、産業医は臨床医よりも開業資金や固定費が少なくて済むぶん、経済的にゆとりが持てます。臨床医で開業しようとすると、設備費や人件費などで5,000万円から1億円ほどは必要ですが、産業医はそういった費用がほぼゼロに近い。看護師さんを雇う必要もないですし、クリニックのような施設も不要なので、固定費もかなり安く済みます。

産業医の報酬自体は臨床医に比べて高いわけではないのですが、初期投資や固定費が少ないぶん、週に2日間くらい働けば普通の勤務医と同等レベルの稼ぎは得られるんです。空いた時間で、臨床医や当直の仕事をしてもいいし、産業医の案件と仲間を増やして産業医ファームを立ち上げてもいい。真夜中に患者さんに呼ばれたり、看護婦さんなどの人事に頭を悩ませる必要もない。このように産業医は自由に働けます。臨床医だけではなく、こういった働き方を選択肢に入れてもらってもいいのかなと思っています。


働き方の選択肢が少なく、女性が働きにくい。医師に働き方改革が必要な理由

最後の講演者は、臨床医としての職務を全うする傍ら、若手医師のネットワークや厚生労働省の医師の働き方改革に関する検討会の構成員として、精力的に活動している三島千明氏。医師の働き方の現状と課題を、主に労働時間の観点から語った。

三島千明(以下、三島):こんにちは、三島です。私は、JMA-JDNという若手医師のネットワークや厚労省の検討会への参加経験も踏まえ、医師の働き方改革についてお話します。医師の働き方については、職業上の特殊性などもあるので、現在は厚労省の検討会の中で、業界内の意見を集約している状況です。たとえば、医師は応召義務(患者さんの要請に応じて対応しなければいけない義務)があるので、36協定(労働基準法36条に基づいて結ばれる、時間外労働についての労使協定)で定める労働時間の上限に幅を持たせるべきなのではないか。といった議論がなされています。

続いて、医師の労働時間の実態について語った。医師は他の医療系職種に比べて労働時間が長い傾向にあるが、男女差や年齢差など、属性別の違いも見られるという。

三島:まず医療業界全体で見ると、労働時間が過労死ラインを超える人数の割合は、看護師など他の職種と比べると医師が最も高いです。しかし、ひとくちに医師と言っても、男性の方が女性より長い傾向にあったり、研修医が中心の20代は30代以上に比べて長い傾向にあるなど、属性によって働き方に違いがあります。

三島千明氏
三島千明氏

三島:また、過労死する医師の人数もずっと横ばい状態で改善されていませんし、時間外労働申告をできていない場合も多いようです。患者さんを診療する以外の仕事、医療記録や紹介状作成といった事務作業に割く時間がかなり多いことも分かっています。

さらに、医師という職種がいかに働き方の選択肢が少なく、女性にとって働きにくいかを説明された。

三島:医師は特に子育てをしている女性にとっては働きにくい現状があります。結婚して子供がいる女性医師で、夫に育児を手伝ってもらっている人は半数以下で、それ以外はいわゆる「ワンオペ育児」を強いられています。子どもができると離職してしまう現状につながる一因と思われます。

医師の働き方改革は、早急に進めていくべきです。短期的には過労死や疲労による医療ミスを防げますし、長期的に見ても、誰もが働きやすい環境を整えることで、優秀な医療人材の流出を防げます。私が後期研修の際に研修で訪れたオランダの家庭医の診療所では、週に2日は臨床医、1日は研究、1日は産業医、1日は子育て休暇といった働き方が、男女問わず当たり前に行われていました。医療制度や文化といった違いはありますが、マインドセットの変化も含めて、ライフステージに応じた柔軟な働き方が実現することを願っています。


医師免許がなくてもできる仕事は、どんどん他の人に任せるべき

後半は、医療法人社団DEN 理事長、厚生労働省参与の宮田俊男氏がモデレーターを務め、来場者からの質問をもとにパネルディスカッションを実施。まず、「医師以外でもできる仕事はどんどん他の人に振っていくべきではないか」という質問が出た。

ーー医師の労働時間を減らしていくためには、医師免許がなくてもできる事務作業などを秘書さんやアシスタントに任せていくことが大切だと思うのですが、いかがでしょうか?

対談する4人

大室:おっしゃる通りだと思います。医師は医師しかできないことに専念すべきです。日本では、「社長が自らトイレ掃除をしてくれている」といった昭和の大企業的な美談が好まれる傾向にありますが、これは経営者が本来やるべき仕事を放棄しているともいえるので、こうした価値観はアップデートしていかなければいけません。

神田橋:カルテの文章化など、医師じゃなくてもできる仕事はどんどん他の人に任せていくべきですよね。

宮田俊男氏(以下、宮田):薬剤師の仕事範囲を調剤業務だけではなく、医師とのチーム医療をもっと広げることも必要だと思います。イギリス、アメリカなどでは薬剤師が薬の専門家としてもっと活躍しています。

実際に改革を進めていく際に気をつけるべきことについても議論がなされた。ポイントは、「空気感の醸成」と「仕組み化」だという。

宮田:改革の必要性は分かっていても、今までの働き方を急に変えるのは容易ではないでしょう。実際、ただ若手の仕事を上司が引き取っただけで、上司の残業時間は減っていないケースもよく見られます。

大室:僕は、「みんなやっている」空気を作り出すことが最も有効だと思います。日本人は、意思決定を自分だけでしたがらない、他責思考な傾向にあるので。

三島:「仕組み化」も大事です。たとえば、在宅診療では24時間365日往診対応が望まれますが、一人や二人で対応するのには無理がある。そこで、複数主治医制や、病気の程度に応じてナースを派遣する制度など、働き方を変えざるを得ない仕組みを整備することが求められます。

働き方改革が必要とはいえ、キャリアアップのために長時間働きたいという若手も多いだろう。労働時間削減以外の選択肢についても、検討が加えられた。

ーー長時間労働を是正する必要性は感じつつも、キャリアアップへの意欲が強く、労働時間を減らされたくない人も多いと思います。他に何か作戦はないのでしょうか?

三島:一つは研修や教育の質を高め、時間あたりの成長効率を高めることですね。あとは、一人ひとりが自分で考え、働き方を主体的に選び取れるようにすることも大事です。そうすれば、やりがいを感じながら働けますから。

大室:個々の状況に応じて最適な働き方を選べるようにすることが大切です。たとえば激務で有名な外資系コンサルティング会社でも、各々のライフプランに応じて働き方が選べるところもあります。個々の医師のニーズに柔軟に対応する形での働き方改革も必要なのではないでしょうか。

本イベントに登壇した3人の医師は、既存のステレオタイプに惑わされず、各々の信念やライフプランに応じた柔軟な働き方をしているのが印象的だった。ただ労働時間を減らせば良いわけではなく、「医者といえば臨床医」「医者は長時間労働だから、子育てとの両立は無理」といった固定観念に囚われず、産業医や子育てとの両立などさまざまな形の働き方を追求することが、本質的な「働き方改革」につながるのではないだろうか。

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