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いかに自然に「健康」に導くか –––健康経営の視点から、行動変容のヒントを探る

2018年12月4日から5日にかけてメドピア株式会社主催で行われた、世界最大規模かつ最もアクティブなグローバル・カンファレンス「Health 2.0 Asia - Japan 2018」。産学官からヘルスケア業界をリードするトップランナーたちが集い、数十にも及ぶセッションが繰り広げられました。

今回は、1日目に行われたセッション「『行動変容』をデザインする~健康経営の観点から~」の様子をダイジェスト形式でお送りします。

働き方改革が叫ばれ、リモートワークや副業が増える昨今、従業員の健康をどう守っていけばよいのか。官民から健康経営のソリューションを持ったプレイヤーと有識者が集まり、ヘルスケアを有効的に広めていくためのアプローチについて事例を元に議論されました。

※セッション登壇者
・大室 正志(医療法人同友会 産業保健部門 産業医)モデレーター
・岡崎 慎一郎(経済産業省 ヘルスケア産業課 総括課長補佐)パネリスト
・福谷 直人(株式会社バックテック 代表取締役社長)デモ
・石川 陽平(メドピアグループ・株式会社Mediplat(医師))デモ
・長坂 剛(エーテンラボ株式会社 代表取締役CEO)デモ
 ■目次


企業の健康経営へのコミットを引き出す。経産省の取り組みとは?

医療法人同友会 産業保健部門 産業医 大室 正志氏
医療法人同友会 産業保健部門 産業医 大室 正志氏

大室正志(以下、大室):本日モデレーターを務めます、大室正志です。私は産業医科大学を卒業後、Johnson & Johnsonで約5年間、統括産業医として勤務しました。現在は産業医として、約30社の健康管理を担当しています。今回のセッションのテーマは「健康経営」。私がいつも現場で抱いている問題意識と直結する領域でもあります。どのようなお話が聞けるのか、非常に楽しみです。

それではまず、「健康経営」を推進している経済産業省の岡崎慎一郎さんに登壇いただきましょう。岡崎さん、そもそも健康経営とはどのようなものなのでしょう?

経済産業省 ヘルスケア産業課 総括課長補 岡崎慎一郎氏
経済産業省 ヘルスケア産業課 総括課長補 岡崎慎一郎氏

岡崎慎一郎(以下、岡崎):「健康経営」とは、従業員の健康増進に投資することで、生産性の向上を目指すもの。企業、社員ともに「win-win」となる関係性を志向する理念です。経産省の表彰制度にも落とし込まれており、各業種から1社だけ選定する「健康経営銘柄」と、その他の頑張っている企業を応援する「健康経営優良法人」といった認定を設けて、健康経営へのコミットを促進しています。

大室:認定を取るために小手先だけで評価項目をクリアしようとする企業もありますが、健康経営を浸透させるために、分かりやすい指標でコミットを引き出すというのは意味があったんじゃないかなと思いますね。

この健康経営でビジネスを展開するにあたっては、1つポイントがあります。それは、健康経営を実施する“お財布が2種類ある”こと。1つは、会社の人事部や総務部、もう1つは健康保険組合(健保)です。特に大企業の場合は健保も自社健保なので、お財布がもう一つあるようなものです。

ちなみに健保は厚労省の管轄ですが、やはり経産省としては触れにくい領域なのでしょうか?

岡崎:厚労省は、企業と健保が協力し合う「データヘルス」を提唱しています。データヘルスは主に健保向けですが、経産省が企業向けに提唱する「健康経営」とは、「車の両輪」の関係かなと思っていますね。

大室:なるほど。経済産業省では「健康経営」への投資を増やすために、どのような展望を抱いているのでしょうか?

岡崎:将来的には、国の認定を設けなくても自発的に健康経営が進んでいくようにしなければいけません。そのためにも、しっかりと数字でエビデンスを示し、多くの経営者に健康への投資価値に気付いてもらわなければいけないと思っています。

肩こり・腰痛による損失コストを算出。健康経営サービスに必要なのは「説得力のあるエビデンス」

大室:ここからは実際に健康経営に向けたソリューションを提供されている方々にお話を聞いていきましょう。一人目は、株式会社バックテックの福谷直人さん。同社は肩こり・腰痛対策アプリ「ポケットセラピスト」を通じ、企業の生産性向上を目指しています。では福谷さん、よろしくお願いいたします。

株式会社バックテック 代表取締役社長 福谷 直人氏
株式会社バックテック 代表取締役社長 福谷直人氏

福谷直人(以下、福谷):株式会社バックテックの福谷です。私たちのミッションはサラリーマンの生産性を下げる腰痛、肩こりを解消し、企業の業績に貢献すること。過去に理学療法士として働いていた経験を生かし、企業向けに肩こり・腰痛対策アプリ「ポケットセラピスト」を運営しています。現在、「健康経営銘柄」を取得しているコニカミノルタさんなど、多くの企業で利用いただいています。

少しだけ「ポケットセラピスト」の説明をさせていただきます。このアプリの特徴は、一人ひとりに専属の医師、理学療法士がつくこと。国際ガイドラインに基づいたタイプチェックに答えていただくことで、自分の健康状態を正しくセラピストに伝えることができます。その後は、セラピストにチャットで相談をしたり、設定した改善目標を達成していくために、アプリで日々の痛みや運動、睡眠、感情などを記録しながら、セラピストがフォローしたりします。

現在は企業向けのみですが、これからJR東日本様と一緒にC向けにも提供できるよう準備を進めていく予定です。

大室:一般的に、どういった職種の方が腰痛に悩まされているのでしょうか?

福谷:一番多いのはデスクワーカーですね。私は元々京都大学で博士をとって、ずっと健康経営の研究を行っているのですが、工場労働者や介護士などに比べ、圧倒的にデスクワーカーが腰痛によって生産性が低下しやすいというデータが出ています。

大室:なるほど。ただ、デスクワーカーの腰痛が問題だからと言って企業がお金を出してくれるんでしょうか?

福谷:一番効果があるのは、効果を明確に数字で示すことですね。腰痛によってどれだけ生産性が失われているのかという目に見えない損失コストを、エビデンスを元に算出します。その後、我々のアプローチによってどれだけの投資対効果を望めるのか、というところまで提示するようにしています。

承認と刺激。チームで励まし合うことで三日坊主を抜け出す「みんちゃれ」

エーテンラボ株式会社 代表取締役CEO 長坂剛氏
エーテンラボ株式会社 代表取締役CEO 長坂剛氏

大室:続いて二人目は、エーテンラボ株式会社の長坂さんです。昨年ソニーから独立したスタートアップということで、ソニー出身のエンジニアを中心に「みんチャレ」というアプリを開発されています。

長坂剛(以下、長坂):エーテンラボ株式会社の長坂です。弊社は三日坊主防止アプリ「みんチャレ」を開発・運営しております。ダイエットや運動、早起きなど、新しい習慣を身に付けたいと思っている5人がチームを組んで励まし合うことで、ピアサポートによる行動変容と習慣化を目指すというものです。

LINEのようなグループチャットになっていて、ここで今日何したとか、何を食べたとかというのを報告し合ってます。OKボタンで認められると次の日はもっと頑張ろうと思えたり、他の人の行動が刺激になったりして、どんどん行動変容の連鎖が起きていくんです。

現在、「みんチャレ」を利用したユーザーのなかで、21日連続で習慣が続いたひとの割合は69%。これは、ひとりで習慣化に取り組んだ場合の、およそ8倍の効果です。ユーザーレビューでも、多くのひとから「人生が変わりました」といったレビューを寄せていただいています。

大室:長坂さんはもともと医療者ではなく、ゲーム開発に従事されていましたとお聞きしています。だからこそ、ゲーミフィケーションを取り入れ、うまく「楽しんで健康になる」仕掛けがつくられていると感じました。

長坂:最近ではユーザー同士のコミュニケーションを活発にするため、にゃんチャレンジャーという猫のようなキャラクターのチャットボットも導入しました。

産業医業務が抱える3つの課題を解決する、「オンライン産業医」

大室:続いて、メドピアグループの石川陽平さん、お願いします。石川さんは、医師でもいらっしゃいます。

メドピアグループ・株式会社Mediplat(医師) 石川陽平氏
メドピアグループ・株式会社Mediplat(医師) 石川陽平氏

石川陽平(以下、石川):メドピアグループの株式会社Mediplatで勤務しています石川と申します。今回ご紹介させていただくのは、first callシリーズで企業向けに提供している「オンライン産業医」というサービスです。私は普段は救急医をしていますが、産業医資格もあり、メドピアグループでこのサービスを企画して立ち上げさせていただきました。

まず、産業医とはなにか簡単に説明しますと、50名以上の労働者を抱える企業が選任する必要のある医師のことです。職場環境のチェックや、社員の健康相談への指導・助言を行う役割を持ちます。

しかし、これまで産業医には手間のかかるポイントが3つありました。1つは面談調整の手間。産業医面談が必要になった際、日程を調整するために人事が何通もメールを送って、従業員や産業医とやりとりをしていました。2つ目は場所の確保です。産業医の面談は会社で行われることが多いのですが、うつ病などで会社に出られなくなってしまった社員さんがいたとき、面談を実施するのが難しかった。そして3つ目はレポートの管理。面談が終わってから、産業医は会社にレポートを提出する必要があります。しかし、提出方式が紙や口頭であったりして、管理に手間がかかっていました。

こうした課題を解決するため、「オンライン産業医」を開発したんです。オンライン上で産業医と面談ができる他、日程調整やレポートの管理もシステム上で楽に行えるようにしています。弊社は本サービスを通じて、「産業医」という側面から予防医療を進めていきたいと思っています。

大室:ここは僕の専門分野でもあるところです。現状産業医は、50人上の事業所で設置義務がありますが、じゃあ同じ会社のグループだけど事業所としては30人のところでは産業医は要らないのか、など、法律と現実が合わなくなっている部分もあります。そこを埋めるのにも非常に画期的なサービスだと思いましたが、反響はどうですか?

石川:かなり色々なお問い合わせをいただいておりまして、急遽サポート体制も増強しているところです。

全員の健康を底上げするためのポピュレーション・アプローチ

大室:ここからはディスカッションに入っていきたいと思います。まず石川先生、産業医の役割は、職場の安全配慮義務を満たすという点が基本路線ではありますが、健康経営に向けてどういった役割の広がりがあるといいとかありますか?

石川:僕は、産業医が健康経営の第一歩になれると思っているんです。健康経営を推進するためにはデータをどう集めるかというマクロな視点も必要になってきますが、実は産業医は、健診結果やストレス情報など、従業員の健康情報が全部集まる集約点なんですよね。なので、産業医業務をオンライン化することで、そこに集まるデータを活用して、予防医療を推進していきたいと思っています。

大室:確かにそうですね。その他、健康経営のサービスにおいてはやはり、どう全員に使ってもらって健康を底上げするか、引いてはマネタイズ化するかというのが課題になりますが、岡崎さん、そのあたりはどうでしょうか?

岡崎:ヘルスケア領域では伝統的に「ハイリスク・アプローチ」と「ポピュレーション・アプローチ」があります。前者は問題を持った少数のみにアプローチし、行動変容を促すもの。メタボ検診とか健保の中心的な取り組みはこちらですね。後者は対象を絞らずに集団全体に働きかけを行い、全体の底上げを図るやり方ですが、健康経営はこちらに近いかなと思います。

『行動変容』をデザインする~健康経営の観点から~

大室:そうですね。医療としては全員の健康を底上げできるポピュレーション・アプローチが理想的なやり方だと思います。しかし、実際にマネタイズできているものは「痩せなきゃ」、「病気を直したい」と危機感を持った少数の人に、高額で課金をしてもらう収益構造のケースが多い。

「ポケットセラピスト」は企業向けのサービスですが、課金の仕組みを教えていただけますか?

福谷:基本的にはSaaSモデルで月額課金です。オプション機能を追加する場合はプラス課金していただくモデルになっていますね。

大室:なるほど。これから、注力していきたい領域はありますか?

福谷:企業向けにサービスを提供しているといっても、全社員がアクティブユーザーという訳ではありません。これからは、多くの社員に使用してもらうポピュレーション・アプローチを進めていきたいですね。食堂でカードを配ってみたりと、ポケットセラピストへの自然な導線を模索していきたいです。

大室:ありがとうございます。続いて長坂さん、「みんチャレ」の課金システムを教えていただけますでしょうか。

長坂:「みんチャレ」ではプレミアムユーザーのみに課金するシステムを導入しています。3チームまでは無料で入れますが、それ以上入りたいユーザーにはプレミアムユーザーになっていただくシステムです。

5人でコミュニティをつくり、励まし合いながら行動変容を促す。「みんチャレ」が提供するのは“最小単位の”ポピュレーション・アプローチなのではないかと感じています。これからも小さなコミュニティを増やしていくやり方で、多くの人の行動変容を促していきたいと思っています。

大室:今回は官民から貴重なご意見を聞くことができました。「健康経営」の実現に向け、多様化するアプローチに注視していきたいと思っています。本日はありがとうございました。