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VRで「脳をハック」し、失った手足を蘇らせる。ここまできた、VR治療の最前線に迫る

2018年12月4日から5日にかけてメドピア株式会社主催で開催された、世界最大規模かつ最もアクティブなグローバル・カンファレンス「Health 2.0 Asia - Japan 2018」。産学官からヘルスケア業界をリードするトップランナーたちが集い、数十にも及ぶセッションが繰り広げられました。

今回は、1日目に行われたセッション「仮想現実(VR/AR/MR)が実現し、変革する知覚」の模様をダイジェスト形式でお送りします。

様々な分野で応用が進むVRですが、医療・ヘルスケアにおいては「感覚」との連携がキーポイントになっています。VRによる知覚の変革が可能とする最新治療とは?

国内外でVR治療の研究・開発を続ける医師やエンジニア、そしてアメリカからはVR治療によって自分の意思で動かせるロボット義手を手に入れた患者さんが来日。最新技術の事例と共に、仮想現実がアップデートする医療の未来に迫ります。

※セッション登壇者
・Matthew Holt(Co-Chairman, Health 2.0)モデレーター
・Albert Chi(Oregon Health & Science University Associate Professor of Surgery & Director, Targeted Muscle Reinnervation Program)デモ
・Johnny Matheny(Patient)デモ
・猪俣一則(株式会社キッズ 代表取締役社長 NPO法人 Mission ARM Japan 副理事長)デモ
・井上 裕治(パワープレイス株式会社 リレーションデザインセンター ビジュアライゼーションデザイン室長)デモ
・Julius Jockusch(CTO, SuperGenius)デモ
・Peter Lund(COO, SuperGeniu)デモ
 ■目次


バーチャルでも記憶は定着する。VR治療のポイントは「頭脳のハック」にある

仮想現実(VR/AR/MR)が実現し、変革する知覚
日米から集ったVR治療をリードするトップランナーたち
(写真一番左)Co-Chairman, Health 2.0 Matthew Holt(マシュー・ホルト)氏

Matthew Holt(以下、Matthew):「Health 2.0」ファウンダーのMatthewです。今回のセッションでは、ARやVR、MRなどの「仮想現実」を用いた医療についてディスカッションしていきます。

認知症や統合失調症、幻肢痛など、現在さまざまな分野で仮想現実の利活用が進んでいます。なかでもキーワードとなっているのは「知覚」との連携。現実感のあるアクションが起こせるバーチャル技術を、治療へと還流する動きが始まっています。仮想現実は、どのような治療を可能にするのか。本日は最新事例を中心に迫っていきます。

では、まずアメリカのチームからご紹介します。オレゴン健康科学大学のAlbert Chi先生、よろしくお願いいたします。

オレゴン健康科学大学 医学部 准教授 Albert Chi(アルバート・チイ)氏
オレゴン健康科学大学 医学部 准教授 Albert Chi(アルバート・チイ)氏

Albert Chi(以下、Albert):私は現在、オレゴン健康科学大学医学部外科の「急性期重症外傷チーム」で義手患者の可動性改善の研究を行うと同時に、米海軍の中佐として兵士の治療・介助も行っていました。

軍隊を離れて現役を退いた「退役軍人」の中で、怪我によって退役したアメリカ人の80%が、四肢のいずれかを失っています。そんな彼らの社会復帰・現場復帰を助けるべく研究を進めているんです。

今日は、その中で私たちが開発してきた、自分の意思で動かせる人工アーム(ロボット義手)をご紹介します。ある筋肉を動かす神経を別の筋肉に接続させて動かす技術「TMR(Targeted Muscle Reinnervation)」を用いることで、自分の意思によりロボット義手を動かせるようになりました。

今日はそのTMRを使った私の初めての患者であるJohnnyにも来てもらっています。彼の左腕が、私たちが開発しているロボット義手ですが、腕を大きく回すこともできますし、ピアノも演奏することができます。なぜそんなに細かく指を動かせるかというと、肘より上の部分から指の先にTMRによって情報が送られているんです。患者さんは、VRによるバーチャルリハビリテーションで、このロボット義手の手指を動かすための脳内での指令の出し方を習得します。

Matthew:ありがとうございます。それでは、Albert先生と共に、そのVRによるバーチャルリハビリの開発をしているSuperGenius社のPeter Lund、Juck Julius、よろしくお願いいたします。

Super Genius COO Peter Lund(ピーター・ルンド)氏
Super Genius COO Peter Lund(ピーター・ルンド)氏

Peter Lund(以下、Peter):SuperGenius COOのPeter Lundです。私たちはオレゴン州ポートランドを拠点に、VRゲームの開発を行なっています。元々はビデオゲームを作っていましたが、数年前にVRに参入しました。

その中で我々は、VRの活用領域としてヘルスケアに着目しました。そこで分かったのが、PTSDや神経障害性の疼痛などの神経性の疾患では、VRを通じてセラピーを行った方が治療効果が非常に高いということです。脳は、バーチャルリアリティで経験したことを信じて、記憶に残すからです。

そこで、そうしたVRでの臨床ツールを開発するために、医療の専門家とゲーム開発者、エンジニアで集まろうとしていたときに出会ったのが、Albert Chi先生です。先生の素晴らしい取り組みを知り、ロボット義手を使うためのVRトレーニングソフトの開発に乗り出しました。その我々の研究開発に、自らを実験台にして長期間協力してもらっているJohnnyには、大変感謝しています。

Matthew:ここからは、SuperGenius CTOのJulius Jockschに説明いただきましょう。

SuperGenius CTO Julius Jocksch(ジュリアス・ジョッキーシュ)氏、患者としてAlbert氏の研究に参加するJohnny Matheny(ジョニー・マセニー)氏
(写真右)SuperGenius CTO Julius Jocksch(ジュリアス・ジョッキーシュ)氏
(写真左)患者としてAlbert氏の研究に参加するJohnny Matheny(ジョニー・マセニー)氏

Julius Jockusch(以下、Julius):SuperGenius CTOのJulius Jockschです。私は、ロボット義手のトレーニング用のバーチャル空間制作を行っています。視覚効果やモーショングラフィックの技術を用い、没入感のある空間を作ることが私の仕事です。

VRを使ったトレーニングでは、バーチャル空間に映し出された仮想の人工アームを操り、オブジェクトを掴むなどのアクションを取ってもらいます。バーチャル内の映像であっても、起こしたアクションは脳内に記憶として定着するため、トレーニングとして非常に高い効果が期待できます。安全なバーチャル空間で事前にトレーニングをすることで、事故や怪我のリスクを軽減できるのもメリットの1つですね。

トレーニング用のバーチャル空間を作るうえで工夫したのは、動きを感知してバーチャル上に違和感なく反映させる技術「トラッキング」です。市販されているVRツールでは頭部と手の位置が一致するよう設定されていますが、私たちは胸部をトラッキングすることで、腕が自然な場所から出てくることを可能にしました。

Matthew:ありがとうござました。どうでしょうか、皆さんワクワクしませんか? これこそまさに最先端そのもので、Johnnyは世界初のロボットマンです。

テクノロジーで脳の「誤作動」を解消。バーチャル空間を用いた新しい治療法に迫る

Matthew:続いては、日本で難治性疼痛のVRリハビリテーションを共に開発されている、株式会社キッズの猪俣一則さんと、パワープレイス株式会社の井上さん、よろしくお願いいたします。

株式会社キッズ 代表取締役社長 猪俣 一則氏、パワープレイス株式会社 リレーションデザインセンター ビジュアライゼーションデザイン室長 井上 裕治氏
(写真右)株式会社キッズ 代表取締役社長 猪俣 一則氏
(写真左)パワープレイス株式会社 リレーションデザインセンター ビジュアライゼーションデザイン室長 井上 裕治氏

猪俣一則(以下、猪俣):株式会社キッズの猪俣と申します。私たちはVR/AR技術を応用した「幻肢痛」の治療に取り組んでいます。実は私自身もその幻肢痛をもっていた一人なのですが、認知度が低い病気なので、まずは幻肢痛についてご説明しますね。

手足を切断、もしくは神経を損傷して感覚を失ったとき、まるで四肢がまだ存在するかのような錯覚「幻肢」が現れます。目を閉じると昔と変わらず指先まで感じ、温かさや痺れを感じるのです。そしてこの幻肢が猛烈に痛みます。物理的にある手が痛いのではなく、頭の中で感じている幻肢が痛いのです。仕組みとしては、脳が送った信号に失った部分からのフィードバックがされないことに対し、危険信号として痛みを発しています。

そんな幻肢痛を取り除くため、私たちはバーチャルで幻肢を再現し、随意的に動かせるプログラムを開発しました。健常側の腕の動き、肩、肘、手首、5本の指を赤外線で計測し、患者さんが持つ幻肢のイメージ位置にフィットするよう、バーチャル上に手を出現させる。私自身、このVR治療によって30年間痛み続けた幻肢痛が無くなったのです。

株式会社キッズ 代表取締役社長 猪俣 一則氏

井上裕治(以下、井上):パワープレイス株式会社の井上です。現在、猪俣さんと共にVRによる幻肢痛治療の研究・開発を進めています。このVR治療で非常に重要なのは、患者さん一人ひとり異なる様々な幻肢にピタリと合わせるようにプログラムし、患者さんに「思い出体験」をさせること。

それまでイメージでしかなかった幻肢があたかも蘇ったかのように見え、仮想的な身体で腕を回したり、ボールを掴んだり、顔を洗ったり…。そうしたビジュアルのフィードバックが脳に刺激を与えることで、痛みを緩和することができるのです。

猪俣:即時効果が高いのも特徴の1つです。訓練を始めてから4-5分程度で痛みが緩和し、1-2週間もの間、効果が持続します。訓練を継続的に行うことでその緩和期間は伸ばしていけるのではないかと考えています。

手が無い、動かないというもどかしさと、さらに日々蓄積されるトラウマから来る痛みは本当に辛いものですが、その治療にVRはとても効果を発揮します。これから、VRによる幻肢痛治療法を確立し、日常生活を楽しく過ごせる手助けをしていきたいですね。

Matthew:ありがとうございます。患者さん側の視点として、実際にVR技術を用いて治療とロボット義手のトレーニングを続けているJohnnyにも、お話を伺ってみましょう。

Johnny Matheny(以下、Johnny):痛みが緩和されるのはもちろん、VR治療の一番のメリットは、安心感をもたらしてくれることだと感じています。疼痛をもつ人たちは、いつ痛みがやってくるだろうかという緊張感の中で暮らしています。VRトレーニングによって痛みから解放され、リラックスして日常生活を送れるようになりました。

仮想現実(VR/AR/MR)が実現し、変革する知覚

猪俣:どこかを怪我したとき、本能的に周辺をなでたり、力んだりして痛みを相殺させますよね。しかし幻肢痛の場合、患部が存在しないため、押さえる場所も無く、ただただ痛みが過ぎ去るのを待つしかありません。しかしVRの中で幻肢を動かせるようになることで、痛みを緩和するだけでなく、「痛みの逃し方」のイメージを獲得することができる。自分で対処できるよう疼痛管理が可能となり、日常生活が精神的にも楽になります。

バーチャルはときに現実を超える。VRに見出された「セラピー」という活用法

Matthew:こうしたVRによる医療ツールを、どうやったら多くの患者さんに広く使ってもらえるか、という点でもお話をお伺いしていきたいと思います。Peterは、ゲームから医療へと、VRで取り組む領域を変更されました。ゲームではVRは世界中に普及していますが、医療ではまだまだこれからです。今後はどう取り組んでいきますか?

Peter:これから数年の間に、VRによる「セラピー」がいかに効果的かというのを実証していけると思っています。これまで神経治療、PTSD、疼痛管理について研究を続けてきましたが、バーチャルにおける診療の効果は本当に素晴らしいものがあります。グラフィックやUXの向上はもちろん、先達としてVR治療における「ルール」を構築していきたいですね。

また、アメリカにおいてはFDAからの承認も必要です。私たちも今承認に向けてテスト段階です。今後5年ほど経ってくると、こうしたVRの治療法がもっと普及していくと思います。

仮想現実(VR/AR/MR)が実現し、変革する知覚

Matthew:ありがとうございます。患者視点ではどうでしょうか?Johnnyさん、猪俣さんのお二人に、これから期待することを聞かせていただければと思います。

Johnny:私は腕の切断を「障害」とは思っていません。将来の患者さんのために研究結果を活かすことができる、「チャンス」と捉えています。これからも、自分の身体を使ってさまざまな実践を重ねていきたいですね。ロボット義手の世界では、現在デザインの再設計が続けられていますが、より軽量で、手先の動きが自然なものになってほしいです。これから4年ほどの間に、そうした技術革新が進むと期待したいです。

猪俣:幻肢痛の痛みは、辛さのあまり自殺を考える人もいるほどのものです。いまこうして話しているあいだにも、痛みに苦しんでいる患者さんがたくさんいます。VR療法について、多くの患者さんが確実に効果を感じています。一刻も早く届けるためにも、臨床、治験研究がスムーズに進むよう、医療と工学とさらに当事者の連携が重要です。痛みは治す時代、国からのサポートを切に希望します。近い将来、疼痛緩和治療においてARやVR技術の活用が当たり前になっている社会を想像します。